「本命は、まだ言えない」 〜幼なじみと転校生に挟まれて、俺の春が始まった〜
春の風が、制服の裾を揺らしていた。
その日、俺――真島 潤は、人生で初めて「二人の美少女に弁当を挟まれて食う」という、ギャルゲーみたいな現実を味わっていた。
「潤くんのために、今日も頑張って作ったの。味、見て?」
黒髪ロングが優しく揺れて、東條愛がにこっと笑う。
一方――
「ねぇねぇ、先にあたしのサンドイッチ食べてよ? ちゃんと、あーんもさせてあげるから♡」
もう一人の美少女、金髪のハーフ転校生・西山カナが、俺の腕にぐいっと身を寄せてくる。
(やわらけぇ……)
制服越しでも分かる柔らかな感触に、俺の脳内の理性が一瞬どこかへ吹き飛びそうになる。
「ちょっ……カナ、それ、当たって……」
「え~? どこが~? 潤の気のせいじゃない?」
絶対気のせいじゃない。
一方の愛は、苦笑しながらも、どこか不安そうに俺を見つめていた。
小さく震える指先。少しだけ伏せられた瞳。
(あ……怒ってる? いや、傷ついてる……?)
だけど、彼女はなにも言わなかった。
代わりに、お弁当をそっと差し出して――
「食べてくれるだけで、嬉しいから」
って、笑った。
(……やばい、罪悪感で胃が……)
* * *
放課後。俺はカナに呼び出され、図書室の裏に連れてこられた。
風が静かに吹く、夕焼けの校舎裏。
「ねぇ、潤」
カナの瞳がまっすぐ俺を捉える。金髪がきらきらと揺れていた。
「私さ……潤のこと、好きになっちゃったっぽい」
そう言って、ふいにネクタイを引っ張ってくる。
「……キスしていい?」
その声は冗談みたいに軽かったけど、目は、笑ってなかった。
(カナ……本気なんだ)
間近に迫る彼女の顔。唇が触れそうな距離で――
俺は、ふと愛の顔を思い出した。
愛の優しさ。長い時間を共有したあたたかさ。
いつも隣で、変わらず笑ってくれた人。
俺は目を閉じなかった。
「……ごめん。カナ」
静かにそう言った瞬間、彼女の肩が少しだけ震えた。
「そっか……ふふ、やっぱりそういう顔するんだね、潤って」
悔しそうに笑う彼女は、強がりだった。
だけど、最後にこう言って去っていった。
「でもさ、まだ終わってないからね。――あたし、本気なんだよ?」
* * *
教室に戻ると、窓際に愛がぽつんと立っていた。
手に残ったお弁当箱をぎゅっと握りしめて。
「……潤くん、カナさんと、なに話してたの?」
彼女の声が、微かに震えていた。
「……ごめん。ちゃんと伝えた」
「え?」
「俺……愛のこと、好きだよ」
一瞬、彼女の目が見開かれて――
すぐに、涙がこぼれそうな笑顔になった。
「……“たぶん”じゃないの?」
「ちゃんと、好き。……本気で」
その瞬間、俺の手に、彼女の手がそっと重なる。
「じゃあ……また明日も、お弁当、作っていい?」
「もちろん」
この春、やっと俺の“本命”が決まった。
でも、恋はまだ終わらない。
きっと明日も、誰かのドキドキが、静かに始まってる。