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【短編】ホラー短編シリーズ

石橋を叩くべからず

作者: 烏川 ハル

   

 久しぶりにまとまった休暇が取れて、田舎に帰省。その(あいだ)に起きた出来事だ。

 そもそもが、別に用事があって帰ってきたわけではない。だから実家でのんびりしたり、近所をぶらぶらしたり、毎日ゆったりと時間を過ごしていた。

 その日も私は、特に目的もない散歩の最中(さいちゅう)で……。

 小学生時代の通学路をなぞりながら、ノスタルジックな想いに(ひた)って歩いていた。


――――――――――――


 いつのまにか夕方になり、ふと見上げれば、すっかり空は赤くなっていた。

 都会でも田舎でも同じ夕焼けかと思ったが、空気が綺麗な分、その赤色も違うのだろうか。まるで血の色を連想させるほど、真っ赤な夕焼けだった。

「血の色だなんて、縁起でもない……」

 私は一瞬立ち止まり、自分に言い聞かせるように呟く。頭に浮かんだイメージを振り払うみたいに首を振ると、再び歩き始めた。


 舗装されていない、茶色の道だ。

 左側にはのどかな田園風景が広がり、右側にはこの道に沿う形で小川が流れている。

 川幅が狭いので私たちは「小川」と呼んでいたが、水深は浅いどころか逆に、大人でも足がつかないほどだという。だから子供の頃は「あの小川で水遊びは絶対にダメ」と言われていた。

 しかし子供というものは、「ダメ」と言われればかえってその命令に(そむ)きたくなるものだ。私も学校の友達と一緒に、小川で少し泳いだことがあるくらいだが……。

 ある時、隣のクラスの一人が溺れて、死にそうになった。あくまでも「死にそうになった」だけであり、近くを通りかかった大人に救助されたのは、不幸中の幸いだったのだろう。

 そのニュースを聞いて以来、私も私の友達も、もう小川で遊ぶのはやめるようになった。

 しかし私たちとは対照的に、上級生の中には、懲りずに小川に近づく者もいたらしい。実は溺れた子供が「天使に助けられた」と証言したために――小川から引き上げてくれた「近くを通りかかった大人」の前にまず「天使」が救いの手を差し伸べたというのが彼の認識だった――、「その天使を探し出そう」とか「天使に会ってみたい」という連中が出てきたのだ。

 結局、誰も天使を見つけ出すことは出来ず、例の「天使に助けられた」発言も「溺れて朦朧となった子供の妄想に過ぎなかった」という扱いになったのだが……。


――――――――――――


「まだあるんだな、あの石橋。だけど……」

 歩いているうちに見えてきたのは、小川にかかる橋。装飾も塗装もされていない、石の色そのままの灰色の橋だ。

 手すりも申し訳程度にしか設置されておらず、大人からは「危ないからなるべく使わないように」と言われていたほどだ。

 それでも私たち子供は、この石橋を渡って小学校に(かよ)っていた。ちょうどここから徒歩10分が小学校の場所だったし、正式な通学路としては別の橋もあるのだが、そちらはかなり上流に設置されており、大きく遠回りになってしまうからだった。

 しかも……。


「……駄菓子屋は、もうなくなっちゃったのか」

 道の反対側に広がる緑の田畑の中に、ポツンと一軒。ちょうど石橋の真正面に、駄菓子屋が建っていた。だから子供の頃の私たちは、小学校からの帰り道、あえてこの石橋を使っていた。

 橋を渡って、そのまま駄菓子屋に駆け込む。そんな寄り道を日常的に繰り返していたのだ。

 しかし、そんな思い出深い駄菓子屋も、とっくの昔に潰れてしまったらしい。その跡地には今、都会でも見かけるのと同じような、一軒のコンビニエンスストアが店を構えていた。車二、三台分の駐車スペースまで、わざわざ用意されている。

 オレンジや緑色の帯が目立つ、近代的なコンビニの看板。そんなものを見ても、私の郷愁の念に触れるどころか、むしろ邪魔な異物だった。

 私はゆっくりと頭を横に振ると、その店に背を向けて、懐かしい石橋へと向かう。


 橋のたもとで足を止めて、改めて眺めてみれば、私の記憶にある以上に小規模な橋だった。子供の目で見るのと大人の目からの違いだろうか。

 石の灰色も、思った以上にくすんで、薄汚れている。かなり古くなった証だろう。

 こちらに帰ってきてから聞いた噂によると、近くに別の橋も設置され、この石橋はもう使われていないらしい。小学校の子供たちも「なるべく使わないように」ではなく「絶対に使ってはダメ」と言われているに違いない。

 そんな老朽化した石橋ならば、いずれは取り壊されてしまうかもしれない。ならば……。

「その前に……。もう一度だけ渡ってみるなら、今しかチャンスはないよな?」

 自分に対して、言い訳がましい独り言。

 あくまでも「独り言」のつもりだったのに、反応の声があった。

「ダメよ。『この橋、渡るべからず』なの」


――――――――――――


 ハッとして顔を上げるが、目の前には誰もいない。振り向いても同様だった。

 夕方の田舎道を歩いているのは私一人。コンビニはあるけれど、ガラス越しに見える店内には客はおらず、ただ店員が暇そうにしているだけだった。

 そもそもコンビニの中から届いてきたみたいな、遠くからの声ではない。もっと近くから聞こえた声だ。声から判断する限りでは、男性ではなく女性のようで……。

「この橋はね……。あと一回、誰かが通れば落ちるの」


 再びの声に、私はキョロキョロと周囲を見回す。

 しかし、声の(ぬし)の姿は見えなかった。

「透明人間……?」

 (なか)ば独り言、(なか)ば問いかけとして口にしたが、今度は返事はなかった。

 しばらくの間――数分間あるいは10分くらい――私はジッと動かなかったけれど、それ以上は謎の声も聞こえてこない。声の(ぬし)は、もう立ち去ってしまったようだ。

「何だったんだ、いったい……」

 ようやく動き出した私がふと足元を見れば、一枚の白い羽が落ちていた。

 羽毛布団にでも入っていそうな真っ白な色だが、サイズはそれより一回りも二回りも大きい。

 野鳥のものだとしても見覚えがないから、この辺りに生息している鳥の羽とは思えない。ならば……。

「……もしかして、天使の羽か?」


 かつて溺死しそうな子供を助けたように、天使が私を助けてくれたのだろうか。「この橋、渡るべからず」と警告することで。

 しかし、なまじ「この橋、渡るべからず」などと言われてしまうと、少し考えてしまう。

 正確には諺や慣用句ではないかもしれないけれど、おそらく「この橋、渡るべからず」も、それに近い言い回しだろう。

 そして橋についての――特に目の前にあるような石橋に関しての――諺や慣用句といえば「石橋を叩いて渡る」。石橋を叩いて大丈夫かどうか確認してから渡るというやつで……。


「いや、違うよな?」

 しゃがみ込んで実際に石橋を叩き、そのコンコンという音で、私は冷静になった。

「石橋を叩いて渡る」は、そういう意味ではない。元々頑丈な橋というニュアンスで「石橋」という言葉が使われているわけで、それほど頑丈な橋すら叩いて確認するまで渡らない、という慎重さを謳っている諺だ。

 ならば、この石橋の場合は事情が違うだろう。天使らしき存在から「あと一回、誰かが通ったら落ちる」と警告されたほど、老朽化して脆くなった橋なのだ。

 素手でコンコン叩く程度ならば大丈夫でも、大人の私が渡ろうとしたら、その体重で崩れてしまう。そんな可能性は否定できないのだ。

「うん。ならば正解は『石橋を叩いて渡らず』だな」

 自分では上手いこと言ったつもりで口元に笑みを浮かべながら、くるりと(きびす)を返し、私は帰路につくのだった。


――――――――――――


 私がそこから去った2時間後くらいに、あの小川の石橋で事故が起きたという。

 橋の向かいのコンビニから帰ろうとした店員が渡っている途中、石橋が崩れ落ちて川に落下。そのまま亡くなったらしい。

 その話を私に伝えたのは、家にやってきた警官たち。なんと彼らは、橋に破壊工作を施した容疑者として、私を(つか)まえに来たのだ!


 私は知らなかったのだが、コンビニ入り口には、駐車場を見渡せるような防犯カメラが設置されていた。しかもちょうど角度的に、橋のたもとまでがカメラの視界に入っていた。

 そのカメラ映像に、私の様子が記録されていたのだ。

 橋のたもとまで来て、まずはキョロキョロと周りを見回す。少し立ち止まってからしゃがみ込み、橋を叩くと立ち上がり、Uターンして帰っていく……。

 なるほど、挙動不審と思われても不思議ではなかった。

 まず、わざわざ石橋まで来たのに結局、渡らずに帰るというのが怪しい。また「橋を叩く」というのも実際には素手で軽くコンコンしただけだが、私自身の体に隠れて、手元までは防犯カメラに映されていない。道具か何かで工作したと疑われるのも、仕方ないだろう。


 最終的には、私の嫌疑も晴れると思うのだが……。

 抑留された私は現在、予定していた「休暇」期間は既に終わっているのに、まだ田舎から戻れないでいる。これでは後々、仕事など社会的に困った立場に陥りそうだ。

 せっかく天使が「この橋、渡るべからず」と教えてくれて、命が助かったというのに……。

 どうせならば、紛らわしい助け方はやめてほしかった。「石橋を叩くべからず」とまで言ってほしかった……と考えるのは、一種の贅沢だろうか。




(「石橋を叩くべからず」完)

   

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