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第9話 駄菓子屋の百年菓子

日本は長寿大国として知られ、100歳を超える高齢者の数は年々増加している。特に地方には、昔からの風習や生活様式を守りながら静かに長寿を全うする人々が多く存在する。彼らの多くは、地域社会に溶け込みながらも独特の知恵や伝説を語り継ぎ、後世にその記憶を残している。そんな「100歳」を巡る話題には、常にどこか不思議さや敬意が漂うが、中には奇妙な噂がまことしやかに語られる場所もある。


都会育ちの青年・隼人が、その噂を耳にしたのは、地方の小さな町に出張で訪れた時だった。


「ここには、百年も続いてる駄菓子屋があるんだってさ。」


地元の案内人が興味深げに話すその場所は、町の外れにある古びた商店街にひっそりと佇んでいた。その駄菓子屋は、百年前からまるで時が止まったように営業を続けていると言う。そしてその店には「百年菓子」と呼ばれる特別なお菓子があるというのだ。


「どんな願いでも叶えてくれるんだって。でも、あんまり関わらないほうがいいって話だよ。」


案内人は冗談めかして言ったが、その言葉の裏にどこか警戒心のようなものが感じられた。興味をそそられた隼人は、出張の帰り道にその店を訪れることにした。


商店街の通りを抜けると、そこには確かに古びた木造の建物があった。「山本屋」と書かれた看板は色褪せ、店先には駄菓子のパッケージが雑然と並べられている。隼人はふと足を止め、その異様な静けさに気づいた。


「本当に営業してるのか?」


思わず独り言を漏らしながら戸を引くと、チリン、と鈴の音が響き、中からかすれた声がした。


「いらっしゃい……」


出てきたのは、まるで鏡のようにそっくりな双子の老婆だった。二人は色褪せた和服を身にまとい、しわだらけの顔に奇妙な笑みを浮かべている。


「百年菓子をお探しかい?」


隼人は一瞬戸惑ったが、興味を隠せずに頷いた。


「噂を聞いて……どんなものか見てみたくて。」


双子の老婆は顔を見合わせ、不思議な調子で笑い始めた。そして、店の奥から小さな箱を取り出し、隼人の前にそっと置いた。


「これが百年菓子。食べると願いが叶う。でも、代償が必要だよ。」


老婆の言葉に、隼人は思わず眉をひそめた。


「代償って……?」


「大事なものを一つ。どれが奪われるかは分からないけどね。」


その説明は、どこか現実味のないものだったが、不思議と隼人の心を引きつけた。百年続く店が作る特別な菓子。一度試してみたいという衝動が抑えられなかった。


「じゃあ、一つください。」


老婆たちは再び顔を見合わせ、箱を手渡した。隼人が代金を支払うと、一人の老婆が低い声でこう呟いた。


「食べるなら、ここで食べなさい。家に持ち帰ると、願いが届かないよ。」


隼人は箱を開けてみた。中には、透明な飴玉が一つだけ入っていた。その輝きは普通の飴には見えない美しさを持っており、触れるとひんやりとした感触が手に伝わる。


「これを食べれば……本当に願いが叶うんですか?」


老婆たちは何も答えず、ただ微笑むだけだった。隼人は少し躊躇いながらも、飴を口に含んだ。舌の上で溶けるその甘さは、どこか懐かしくもあり、不思議な感覚を伴っていた。


その瞬間、隼人の頭の中に一つの願いが浮かんだ。「成功したい」――仕事でのプレッシャーや将来への不安を抱える彼の心から自然と湧き出たものだった。


飴が完全に溶けた後、隼人はふと老婆たちを見ると、二人は静かに笑みを浮かべたままだった。そして一人が言った。


「願いは叶う。でも、決して後ろを振り返らないこと。」


その言葉に隼人は背筋が凍る思いがしたが、どういう意味なのかを尋ねることはできなかった。老婆たちの視線が妙に鋭く、彼を黙らせたのだ。


隼人はそそくさと店を出ると、商店街の通りを歩きながら振り返った。老婆たちの言葉は冗談に違いない――そう思おうとしたが、背後にある店から誰かが見つめているような気配を感じた。


その晩、隼人は奇妙な夢を見た。真っ暗な空間の中で、双子の老婆が何かを囁いている。その内容ははっきりと聞き取れなかったが、不安と寒気だけが夢から覚めた後にも残っていた。そして、朝目覚めると部屋の中が妙に静かで、何かが欠けているような感覚に襲われた――。


***


隼人が百年菓子を口にしてから数日後、状況は一変した。仕事で難航していた企画が、クライアントから突然高評価を受け、同僚たちが驚くほどのスピードで次の契約に繋がった。会議では上司が隼人を指名して新プロジェクトのリーダーに任命するなど、これまで考えられなかったほどの成功が舞い込んできた。


「隼人さん、最近すごいですね。どうやったんですか?」


同僚たちが羨望の目で尋ねるたびに、隼人は適当に笑って答えを濁したが、心の中では確信していた。「百年菓子のおかげだ」と。


このままいけば、夢に見た昇進やさらなる成功が手に入る。隼人はそう思っていた。だが、それと同時に、不穏な出来事が少しずつ彼の生活に入り込んでいた。


ある朝、目覚めると、机の上に置いていた写真立てが消えていることに気づいた。中には学生時代に親友と撮った写真が入っていたはずだ。最初は「片付けた場所を忘れたのだろう」と思ったが、その後も大切にしていたものが一つずつ消えていった。両親からもらった時計、学生時代の記念品、そして親友の連絡先を書き留めた古いメモ帳――。


「こんなことって、ありえるのか……?」


彼の心に不安が芽生え始めた。


さらに、身の回りの人々の態度にも変化が現れた。親友だったはずの高志が、突然冷たい態度を取るようになった。電話をかけても応答がなく、職場でも避けられているように感じる。


「どうしたんだよ、高志?」


ランチに誘おうと声をかけた隼人に、高志は険しい表情でこう言い放った。


「悪いけど、もう関わらないでくれ。お前、そんなに俺と仲良くないよな?」


その言葉に、隼人は言葉を失った。


次第に、隼人の周囲から人が遠ざかっていく。同僚たちも以前のように声をかけてこなくなり、家族からの電話も途絶えた。ある夜、母親に連絡を取ろうとしても番号がつながらず、試しに実家を訪れた隼人は、そこで衝撃を受けた。


「どなたですか?」


玄関に出てきたのは見知らぬ男性で、隼人が知っている家族の気配はどこにもなかった。


「……そんなはずはない。」


彼の声は震えていた。記憶の中で確かだったものが、次々と現実から消えていく。


しかし、成功だけは彼を離さなかった。仕事は順調そのもので、次々とプロジェクトが成功し、大口の契約が成立していく。昇進の話も現実味を帯び、隼人は職場でトップに近い地位を得た。しかし、それを共有する人間はもういなかった。彼の周囲には、ただのビジネス上の関係者しか残されていない。


夜、広いマンションに一人で帰ると、静けさが押し寄せてくる。部屋には何もない。家具や装飾品は高級品だが、温もりや人の気配は消え失せていた。机の上には、百年菓子の箱だけが置かれていた。


「これが……代償なのか。」


隼人は箱を開け、中に入っている飴を見つめた。あの透明な輝きが、今や異様に冷たく感じられる。


「もう一度食べれば……今度は何を奪われる?」


彼は箱を閉じ、目を背けた。その夜、夢の中で双子の老婆が再び現れた。二人は静かに笑い、隼人に囁いた。


「もっと欲しいものがあるなら、飴を舐めなさい。」


隼人は恐怖に震えながら目を覚ました。翌日、彼は意を決して駄菓子屋に戻ることにした。


だが、商店街の通りには、あの駄菓子屋はなかった。店があった場所は更地になり、近所の住民に尋ねても、その店を知る人間は誰もいなかった。


隼人は自分が体験したことが現実なのか、夢だったのか分からなくなった。けれども、部屋に戻ると、机の上には百年菓子の箱がまだ残っている。


彼はそれ以上手を伸ばすことなく、箱を棚の奥にしまい込んだ。


しかし、時折夢の中で、老婆たちの声が響く。


「代償を払えば、願いは叶う。もう一度、飴を舐めなさい……」


その声に怯えながらも、隼人は二度とその箱を開けることはなかった――。

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