表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/39

第6話 3476

1990年代、ポケベルは一大ブームを巻き起こし、多くの若者が熱中していた。当時、携帯電話はまだ高価で普及しておらず、ポケベルは画期的な連絡手段だった。最初は数字だけの簡単なメッセージを伝えるものだったが、やがて「数字の暗号」で言葉を表す遊びが広まり、若者たちの間で流行の一端を担った。「好きだよ(39104)」や「会いたい(11017)」といった数字の組み合わせが独自のメッセージとして使われ、工夫次第で無限の表現が可能になった。ポケベルを持つこと自体が一種のステータスであり、それを駆使して日々の会話を楽しむことが、特に高校生たちの間では日常だった。


***


高校生の奈緒も、ポケベルを愛用していた一人だった。友人たちとの気軽なやり取りや、授業中にこっそり送るいたずらメッセージ、時には意中の相手への「特別な言葉」を送るための手段として、ポケベルは彼女にとって欠かせない存在だった。放課後、校門を出るときに友人たちと確認し合う「またね(3476)」や「よろしく(4649)」のメッセージは、ちょっとした儀式のようなものだった。


ある日、奈緒が家で宿題をしていると、机の端に置いたポケベルが短い電子音を鳴らした。いつものように友達からの連絡だろうと思い、画面を確認する。そこに表示されたのは、見覚えのない番号からの「3476(さよなら)」というメッセージだった。


「誰だろう……?」


一瞬、不安がよぎったが、奈緒は深く考えず、そのメッセージを見なかったことにした。もしかしたら番号を間違えただけかもしれない。彼女は気持ちを切り替え、宿題に集中することにした。


しかし、翌朝、学校に向かう前にまたポケベルが鳴った。「0840(おはよう)」と、また同じ番号からのメッセージが届いていた。奈緒は少し気味が悪くなりながらも、気を取り直して学校へ向かった。


昼休み、友人の香織と一緒にお弁当を食べているとき、奈緒はふと思い出して話題にした。


「最近、知らない番号からメッセージが来るんだよね。昨日は『さよなら』、今朝は『おはよう』って。」


「え、それちょっと怖くない?」香織が眉をひそめる。「間違いならいいけど、続くのは変だね。」


奈緒は軽く笑い飛ばして見せたが、心の奥では確かに不安が膨らんでいた。その日は特に何事もなく過ぎたが、放課後、家に帰る途中でまたポケベルが鳴った。


「724106(何してる)」


同じ番号からのメッセージだった。まるで誰かが奈緒の生活を監視しているかのようなタイミングで届くそのメッセージに、彼女はゾクッとした。


「本当に何なの……?」


奈緒はポケベルを握りしめ、誰かの悪戯ではないかと疑ったが、心当たりがまったくなかった。登録していない番号からメッセージを受け取ることは珍しくないが、それが連続して、しかも自分の行動に合わせたような内容で届くのは奇妙だった。


夜、奈緒はポケベルを机に置いたままベッドに横になった。しかし、眠りに落ちる前にまた電子音が鳴り響いた。奈緒は布団を跳ねのけ、ポケベルを手に取る。そこには再び「3476(さよなら)」の文字が表示されていた。


翌日、奈緒は学校の帰りに電話ボックスへ寄り、送信元の番号に電話をかけてみることにした。受話器を握る手が震えるのを感じながら、番号を押して呼び出し音を待つ。しかし、何度呼び出しても応答はなかった。


奈緒は肩を落として電話ボックスを出た。その瞬間、ポケベルが再び鳴った。慌てて確認すると、画面には「3341(さみしい)」と表示されていた。


「本当に……どういうこと?」


奈緒は足早に家へ帰り、ポケベルを机に投げ出した。その夜、彼女はうなされるような悪夢を見た。夢の中で、暗闇の中に立ち尽くす自分に、どこからともなくポケベルの電子音が響いてくる。そして、画面には「さよなら」とだけ表示されていた。


目が覚めた時、奈緒の心には拭いきれない不安が残っていた。ポケベルは静かに机の上に置かれている。奈緒は深呼吸してポケベルを手に取ると、画面を確認した。そこにはまた同じ番号からのメッセージが届いていた。


「3614(さむいよ)」


それを見た瞬間、奈緒の体に寒気が走った。彼女はふと窓の外を見る。夜の静寂の中、遠くの電柱の下に人影のようなものが見えた気がした。ポケベルを通じて何かが彼女を見ている――そんな不安が頭から離れなくなった。


***


奈緒はポケベルの画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。「3614(さむいよ)」と表示されたメッセージが、手首を通じて冷たさを伝えてくるような気がした。部屋の中は静まり返り、ポケベルの音だけが頭の中に響いている。


「どうしてこんなことになるの……?」


奈緒は小さな声でつぶやいたが、答えは返ってこない。


次の日、学校で友人の香織にこのことを話すと、彼女は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに軽く笑って言った。


「そんなの偶然だよ。いたずらとかでしょ?」


「でも、番号も知らないし……なんか、最近ずっと気持ち悪いの。」


奈緒の真剣な様子に、香織はしばらく黙った後、ぽつりとつぶやいた。


「ねえ、これってさ……亡くなった人とかじゃないよね?」


奈緒の心臓がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。その言葉を聞いた瞬間、頭の奥に封じ込めていた記憶がふと蘇った。


中学時代、奈緒には親友がいた。同じクラスで、どこに行くにも一緒だった彼女は、誰よりも明るく、優しく、奈緒にとって大切な存在だった。その友人はポケベルを通じてよく連絡を取ってきて、「好きだよ(39104)」「会いたい(11017)」と冗談めかして送ってくることも多かった。


だが、ある日突然、その日常は終わりを迎えた。友人は奈緒との待ち合わせに向かう途中、交通事故に巻き込まれ命を落としたのだ。奈緒はそのことを長い間心の中に閉じ込めていた。


香織に話を振られたことで、その記憶が一気に押し寄せてきた。事故が起きた日の朝、友人は奈緒にメッセージを送っていた。しかし、奈緒はその時、返信をしなかった。それをずっと悔いていた。


「あの子……私を呼んでるの?」


奈緒のつぶやきに、香織は困惑した表情を浮かべた。


「やめてよ、そんなの怖いから。」


奈緒は香織にそれ以上話すことはできなかった。だが、その夜、再びポケベルは鳴り響いた。画面を見ると、そこには短いメッセージが表示されていた。それは「会いたい(11017)」という、友人がよく使っていたものだった。


奈緒はベッドに腰掛け、ポケベルを両手で握りしめた。涙が頬を伝う。


「ごめんね……あの時、返信しなくて。ずっと、謝りたかったんだよ。」


その夜、ポケベルは一度も鳴らなかった。しかし翌朝、奈緒が目を覚ますと、机の上に置かれたポケベルに新しいメッセージが届いていた。それは最後の「3476(さよなら)」という言葉だった。


奈緒はポケベルを手に取り、小さく微笑んだ。


「さよなら……。でも、忘れないよ。」


それ以降、奈緒のポケベルが鳴ることはなかった。それでも、奈緒はそのポケベルを捨てることができなかった――。

本作を読んで ほんの少しでも

「面白かった」「怖っ」「懐かしい!」と感じられましたら、


・ブックマークへの追加

・ページ下部『ポイントを入れて作者を応援しましょう』項目の

☆☆☆☆☆を★★★★★に変えてください。


今後の励みとなります。

ぜひ、応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ