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第16話 ミラーに映る自分

1990年代後半、ガングロギャル文化は若者たちの間で一大ブームとなった。日焼けサロンで焼いた黒い肌、派手な金髪や茶髪、厚底ブーツ、白いアイシャドウに細眉といった特徴的なスタイルが、個性と自己表現の象徴とされた時代だ。特に、カラフルなファッションや大胆なメイクで自分を飾ることが、周囲から注目を集める手段でもあった。学校帰りや休日には、ギャルたちが渋谷や原宿に集まり、流行の最先端を競い合う姿が見られた。


高校生の美咲も、そんなガングロギャルに憧れる一人だった。元々地味な性格で目立つタイプではなかった彼女だが、中学時代に見たギャル雑誌のモデルたちに影響され、「私もこんなふうに輝きたい」と強く思うようになった。高校に進学してからはアルバイトで稼いだお金を貯めて、徐々に髪を染めたり、ギャル向けの化粧品を買い集めたりしていった。


だが、美咲のメイクはまだぎこちなく、周囲のギャル友達からも「ダサい」と言われることが多かった。


「もうちょっと派手にやんなきゃ!目立たないよ、それじゃ。」


放課後、渋谷のファッションビルで買い物をしていると、ギャル仲間の千尋がそう言ってきた。千尋は流行に敏感で、学校中のギャルたちから一目置かれる存在だった。


「でもさ、難しいんだよね、アイメイクとか。」


美咲が肩を落として答えると、千尋は「仕方ないな」と言いながら、バッグの中から小さな手鏡を取り出した。それはシンプルな銀色の縁取りで、どことなく古びた雰囲気がある鏡だった。


「これ、使ってみなよ。これ使えば、メイクの失敗とかマジでなくなるから。」


「本当?」


美咲が目を輝かせると、千尋は笑いながら鏡を美咲に手渡した。


「この鏡ね、映った顔がそのまんま理想のギャル顔になるって噂なんだよ。」


千尋の冗談めいた言葉に、美咲は半信半疑ながらも興味を引かれ、その鏡を受け取った。


その夜、美咲は早速その手鏡を使ってメイクを試してみた。鏡に顔を映すと、確かにいつもとは違う感覚があった。


「……あれ? なんか、上手くいってるかも。」


鏡を覗きながらアイラインを引くと、不器用なはずの手が自然と動き、左右対称の美しいラインが完成した。アイシャドウやリップも、驚くほどバランスよく仕上がり、自分でも信じられないほど理想的な顔が作られていった。


「すごい……これが私?」


出来上がった顔を見て、美咲は興奮で胸が高鳴った。鏡の中の自分は、雑誌のモデルと遜色ないほどのギャル顔に見えた。


翌日、そのメイクで登校した美咲は、今までとは全く違う反応を受けた。クラスメートたちが一斉に彼女に注目し、ギャル仲間の千尋からも「めっちゃイケてるじゃん!」と褒められたのだ。


「これ、鏡のおかげだ……」


自信を得た美咲は、それから毎日その鏡を使うようになった。使えば使うほどメイクが洗練され、学校中で注目される存在になった美咲は、これまで味わったことのない充実感を感じていた。


だが、数日経った頃から、美咲は鏡に映る自分の顔に少しずつ違和感を覚えるようになった。


「……なんか、前より派手すぎる?」


鏡を見ながらメイクをしていると、自然と手が動き、今までより濃い化粧が完成してしまう。しかも、鏡の中の自分が時折、微妙に笑っているように見えた。


「気のせいだよね……」


美咲はそう自分に言い聞かせたが、その違和感は日に日に大きくなっていった。鏡を使えば使うほど、鏡に映る「自分」が実際の顔と少しずつずれていくような気がしてならなかった――。


***


それから数日、美咲は毎朝鏡を使ってメイクをし続けていた。注目を浴びる快感は増していったが、その一方で、鏡の中の自分が「別人」になっていく感覚は強くなっていた。


「最近、何か雰囲気変わったよね。」


ギャル仲間の千尋がそう言ったのは放課後のことだった。美咲は一瞬喜んだが、千尋の表情はどこか曇っているように見えた。


「前のほうが可愛かったかも。」


その言葉に、美咲は胸がざわついた。


「……そんなことない。私はもっと派手になりたいし、もっとイケてるギャルになれる。」


千尋に背を向け、美咲は一人で渋谷の街を歩き出した。その日は気分が落ち込み、帰宅するなり手鏡を手に取ってメイクを直し始めた。


「……もっと濃くしよう。これじゃ、まだ足りない。」


鏡を覗き込むと、いつの間にか鏡の中の自分が微笑んでいることに気づいた。その笑顔はまるで、自分を煽るように歪んで見える。


「……なんで笑ってるの?」


美咲が声を上げると、鏡の中の自分が答えるように口を動かした。


「もっと派手にしなよ。そしたら、みんなが振り向く。」


「今……喋った?」


美咲は驚いて鏡を置こうとしたが、手が離れない。まるで鏡に吸い付くように指が張り付いているのだ。


「嫌だ……離して!」


必死にもがく美咲の目の前で、鏡の中の自分がさらに不気味な笑顔を浮かべた。


「どこに行くの? 私が本当の“美咲”でしょ?」


その瞬間、鏡の中から黒い手が飛び出してきた。手は美咲の顔に触れ、次第に彼女を鏡の中に引き込もうとする。


「助けて……!」


必死に叫びながら抵抗する美咲だったが、体は徐々に鏡に吸い寄せられていく。やがて、彼女の視界は真っ暗になり、気を失ってしまった。


目を覚ました美咲が最初に見たのは、見慣れた部屋の天井だった。しかし、体を起こして鏡を覗き込むと、そこに映っている自分の顔に絶句した。


「これ……私の顔?」


鏡の中の美咲は、極端に濃いメイクが施され、口元は笑ったまま固まっている。それだけではない。瞳には感情がなく、まるで人形のような無機質さを感じさせた。


「どうして……私、どうしちゃったの?」


その声は震え、涙が止まらなかった。美咲はもう一度鏡を置こうとしたが、再び手が鏡に張り付いて離れなかった。そして、鏡の中から再び声が聞こえた。


「これでいいじゃん。だって、みんなが注目してくれるんでしょ?」


その声は今度こそ、美咲自身の声だった。


翌日、美咲は学校に行こうとしたが、外に出ることができなかった。家を出ようとするたびに鏡が微かに揺れ、彼女の足を止めるのだ。


「外に出たら、私じゃなくなる……」


そう思い、部屋に閉じこもり続けた美咲は、やがて誰とも話さなくなり、食事も取らなくなった。ただ、鏡の中の自分を見続ける日々が続いた。


そしてある日、千尋が心配して美咲の家を訪ねた。ドアを叩いても返事がないため、家族の許可を得て部屋に入ると、そこには誰もいなかった。ただ、机の上に置かれた手鏡だけが目に入り、千尋はその鏡を手に取った。


その瞬間、鏡の中から美咲の顔が現れ、笑顔のまま千尋を見つめた。


「これで、私の番は終わり。次は……君の番だよ。」


千尋は悲鳴を上げ、鏡を床に叩きつけた。しかし、鏡は割れることなく、不気味な輝きを放ち続けていたという――。

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