「こんなところで死んでたまるか!」
「こんなところで死んでたまるか!」
死は必定かと思われた。
それほどまでに、夜の森を埋め尽くす、死臭は圧倒的であった。
市主催の課外活動、光の風サッカー倶楽部の夏のキャンプで訪れた森で、古藤大作少年は、夕食後食べたばかりのカレーライスをあたかも胃袋が裏返ったような、激しいえずきとともに、すべて戻してしまう、
「なんだこれ…気落ちわり_」
ところどころで、ついた明かりに浮かび上がる人影は、頭を鈍器で殴打され、流れ出た出血ははみ出した脳漿と共に目の当たりで乾燥し、あたかも非人間性を強調するメイクのようだった。
「死体なのか? まるでゾンビじゃないか」
出すものを出し尽くして落ち着いた大作少年は、周囲に目をやる。
チームメイトたちで運が悪いものはあちこちでそれぞれ数体のゾンビに組み敷かれていた。
その中に大作少年は自分の年上の甥である、秋月閃の姿を見いだす。
「あちゃあ、センパイ相変わらず、鈍臭いなあ…」
大作少年は甥である、閃のことを先輩と呼ぶ(間違ってはいないが)
閃は高校生であり、未だ小学生である大作少年とは外見年令差を考え合わせると、そうとうややこしくなる。
大作少年は身長一七二センチの小学六年生。かたやセンパイは身長一四九センチの高校三年生なのだ。
なお、センパイはまだ、変声期を迎えていない。
大作少年はセンパイを組み敷くゾンビたちに向かってダッシュする。
しなやかな手足の筋肉から生み出される、推進力は百メートル十三秒台のスピードで大作少年とセンパイの距離を縮めていく。
「無限ロケランが欲しい」
そのぼやく一瞬のすきを突かれて闇の中から生白い腕が伸びる!
大作少年は不意打ちに対応しきれず、転がっていく。
木の幹に背中から叩きつけられるが、致命傷ではない。
「畜生」
周囲から、無数のゾンビの手が伸びて大作少年のからだをまさぐる。
「おやおや、これは星守りですか__どの星かは知りませんが、我が下僕となる栄誉を授けましょう」
「こんなところで死んでたまるか!」
大作少年の獅子吼であった。
夜の中から、さきほどの腕の主が姿を表す、
二〇才前後の白人男性だ。
蝋燭のような肌、人形のように整った顔立ち黒髪はポマードでぴったりと撫でつけている。
しかし、森林迷彩柄のタンクトップに黒いスリムジーンズは、趣味の悪い吸血鬼といった外見を構成する不調和な要素として、眼を惹くのには成功していた。
「さあ、泣き叫べ星守り、深淵の面もなく、我が前に現れたことを晩節の最後の一瞬まで悔やむがいい」
「ちくしょう!」
「本当にそう思うかい?」
大作少年の脳内に温かい声が響いた。
「私は『おうさま』。最後の星守りよ、戦う準備と覚悟ができているなら、手を伸ばし、君の宿命を掴み取れ!!」
激しい青年__おうさまの声が周囲を圧した。「ひいきだ!」
吸血鬼が大作少年の喉首に牙を埋めようとする。
その時に獣のそれのような唸り声が周囲に響き渡った。
__夜はまだ終わらない。