二人の剣士
グレスの剣が竜の足を切り裂いたかと思えば、アイオスの剣が腹を撫でる。
二人の剣士は、まるで一心同体の連携攻撃で竜を翻弄する。
未到達領域での劣勢は見る影もない。
飛竜が飛び上がれば裂帛の剣閃が翼を貫き、尻尾を打ち付ければ背に刃が刺さる。
数的有利が地対空の相性を覆し、青い龍鱗を剥がしていく。
青髪の男の剣は赤と白に光って、鋭く竜の体を穿った。
赤髪の男の剣は鈍色に光って、力強く竜の爪牙を砕いた。
見違えたような動きと、第一級冒険者も知らない剣技。
気絶した仲間を運んでいるときは不格好に走っていたのに、今の身のこなしはもはや別人だ。アイオスとほとんど変わらない……いや、優っているとさえ言える。
疾走の加速度もさることながら、急制動と高速旋回でわずかの時間も逃さず攻撃に繋げる。
外套をひらりとなびかせた回避は回転斬りに、竜尾の薙ぎを交わす跳躍は飛び込み斬りに。
攻防一体、縦横無尽。神がかりなまでの戦闘技能は淀みない。
しかしグレスの直剣は、長時間の戦闘でまだ折れていないのが不思議なほど低級のなまくらだった。第一層攻略開始時に購入した鉄剣、鍛錬も研磨も甘い粗悪品。
バキリ。
脚爪の迎撃で剣がついに悲鳴を上げた。瞬間、ザンと銅剣が地に刺さる。
もはや目くばせも必要ない。
鉄剣を手放し銅剣を抜き、勢いそのままにグレスは竜のもとへ飛び込む。
しかしその攻撃の手が一瞬止まったのを逃さず、青い竜は翼を打って舞い上がった。
「しまったッ」
「キュラアラアアアアアアアアア」
竜の美しかった青肌は真っ赤に汚れ、痛々しいまでに傷ついていた。
だがまだ倒れない。迷宮の王は腹を裂かれ尾を断たれようと、闘志高く息を吐いた。
─────ッ……。
吐く息は白く、パキパキと竜のアギトが凍り付く。
極低温の呼吸に霜が降り、ちいさな氷の結晶が零れ落ちていく。
「これは……」
アイオスはこめかみが引き攣る嫌な雰囲気を感じ取った。
まずい。
切り札が来る。
「グレスっ!」
「キュアアアアアッ」
ばっ────────。
アイオスが叫んだ瞬間、迷宮は一瞬で吹雪に覆われた。
「……ぁ」
「────ァアッ……」
時間が止まる。
未到達領域にあったような、青い瀑布が広場を埋め尽くしていた。
分厚い氷槍が二人の剣士を大地に縫い付け、空中には真っ白な雪が舞った。
高い天井からはらはらと零れるその様子は、これまで見たどんな景色よりも美しいとアイオスは思った。
大瀑布に圧倒されたのとも違う、きらきらと輝く感動だった。
飛竜が緩慢な動きで着地する。ズシンと揺れる地面。
我に返って体に力を込めるが、冷凍されてしまった腕も脚もびくともしない。
痛い。肌が焼けるように痛い。
心臓まで冷たくなって、竜に殴られるよりも先に命が果ててしまいそうだ。
動け。だが動かないだろうとわかった。
痛い、針で刺すような痛み。静かに神経を刺す痛み。命の時間を止める痛み、冷たい痛みを、
「熱い!!これは!」
焼き尽くすような熱だ! 右手に持った白銀の細剣が燃え盛るように輝く。
熱い! いつの間にか手が、腕が、肩から心臓が、脚が。
つま先まで、その脈動するような熱に震え、霜が降り不可逆な冷凍を被ったはずの全身が瞬く間に解けだし、膝から下を覆っていた鋭い氷たちまでもが熔解していく。
この剣を執ってからアイオスは2年になるが、こんなことは一度として起きなかった。
なにかが、迷宮の王と対峙し、何かが鼓動を打ち鳴らしている!
「目覚めよ!!」
はっとした。見れば、グレスの銅剣は炉にくべたように赤く光り、彼の外套には火がついてバタバタと波打っている。
アイオスは剣を払った。死闘の勝者は、この一幕で決する。
「イーブレイ…」
アイオスにその意味は分からなかったが、何かが乗り移ったような気合のグレスの口真似をしていた。
その言葉に呼応するように銀剣が強く光る。
二人の剣士が疾走する。
やがて二本の剣が交差し、飛竜の胸を貫き裂いた。




