ラン・エンド・ラン
「アイオスー!」
ばたばたと走るグレスが、後ろからアイオスに声をかける。
「……グレス、ダンジョンで大きな声を出しちゃいけないよ」
「あっ……すまない、でも、いい報告だ!」
首を竦めたグレスの後ろには、ふらふらと歩くボンドがいた。
「ボンド!目が覚めたんだね」
「ああ……世話かけたみたいだな」
「体調はどう?」
「最悪だ。正直、少し休みたい」
ボンドは額を押さえる。
先の小休止で外傷は治したものの、幻覚、吐き気といった症状は長時間持続する。ボンドはその橙色の液体が入った瓶を呷ると、頭を左右に振った。呪いの作用を軽減する薬だ。
「そうだよね。でも、ちょっと時間に余裕がない。……走れる?」
「やってみる。そこのやつより遅かったら、冒険者引退するかもな」
三人はすぐに出発した。
例の飛竜から離れ、目覚めているのかもしれない。今は気絶している三人も直に目覚めるだろう、とグレスは喜んだ。
「そっちはどうなんだ、アイオス。だいぶキテるようだが」
「あー、まあ大丈夫だよ。休憩地点もすぐそこだし」
「……次のは俺がやる。いいな」
「了解」
道の交差するポイントを先行する二人は迷いなく進んでいく。何度も通った上層への中央大道。
しかし四層にいたのはほぼ五層級の魔物。同じ道のりでも、会敵する脅威が違えば景色もずいぶんと変わる。地形も環境も異なる戦闘は、魔物にも冒険者にも奇妙な感覚を芽生えさせた。
「おいグレスー!煙玉を撒くからな。脚を止めずに、まっすぐ走れよ」
「煙玉?おぶわっ!ぅわぷっ!」
三メートルはある巨大な亜人系モンスターの群れ。黒い煙がボフンボフンと巻き上がり、冒険者たちの容姿を覆い隠す。相手にニンゲンの存在を気づかせないまま、数体分の戦闘を回避した。
「……それ、持ってたの?」
「いや。拝借した」
ボンドはアイオスが抱えるモナベノを指さした。アイオスは苦い笑いを漏らす。
「まあ、ある物は有効活用しないとね」
「そういうことだ。……いや、しかし」
群れを抜けたのもつかの間、次の魔物が姿を現す。
重い踏み込みからボンドが飛び出し、「フンッ!!!」気合一閃。魔物の大きな角をゴーンと鐘のように音高く叩き鳴らした。
バタリと伏せる牡牛のモンスター。
アイオスとボンドはジェノーの小さな体を空中に放り投げつつ、時に交代しながら、時に挟撃を以て立ちはだかる魔物たちを処理していく。
仲間の体を危なっかしく取り回す一級冒険者二人に、グレスの頬に汗が伝った。
「このままぶっ飛ばせば、ほんの数分だぜ」
大ムカデを二枚卸にするボンドは意気揚々と尖がった金髪を撫でた。
「いや、」アイオスが呟く。
「……ああ。そうもいかないか」
二人が入った小部屋には、眩いばかりに輝く大型の魔物、金地竜。翼をもたない、蜥蜴の最上位種のモンスター。
危険度は征伐戦、ギルドが十人未満での戦闘を禁止する魔物。
第六層北西部にのみ生息する臆病な性格ゆえに滅多に発見されない稀少種で、戦闘経験のある冒険者自体、数えるほどしかいないだろう。
本来であれば戦闘にもならなかったであろう相手だが、その両の目は、すでに三人、いや二人の冒険者を捉えてしまった。
安寧を脅かす、侵略者として。
「───ッ!!」
「まさか────ッ!?」
雷光。
「グシャァアアーッ!!」
ズガガッ!
美しい金色のアギトから、稲妻と轟音が迸る。
間一髪、直前に飛び退いていた二人の影を、金の光が焼き焦がす。
「おいおいおい、マジで稲妻なのか。避けようがねぇじゃねえか……!」
「嬉しいような、そうでないような。六層で会えたならどんなに……」
一歩踏み出し、再び顎を開こうという竜のわずかな動きに反応し、横に跳ね逃れる二人。
同様に、暴れる雷鳴が響き渡る。
「グシャーッ!」
「……通しちゃくれねぇのかい」
二人は彼の口がいつ開くのかだけを注視しながら、一歩ずつ後退する。
小部屋の入り口に着くと同時に、一目散に来た道を走った。
「外周に寄ろう。道わかる?」
「わかるわけねぇだろ。四層で中央大道以外に行くのは五年ぶりだ」
「だよね。面倒なことにならないといいけど」
そうして湾曲した道を戻る二人。
しかし一向にあの赤髪の青年が見えてこない。
「おーい、グレスー?」
「どこ行ったんだあいつ。俺たちを見失ったのか?」
「そんなに距離は離れてなかったし、角を曲がってもいないけど……」
結局一つ前の小部屋にまで来てしまったアイオスとボンドは、そこでにわかには信じられない光景を目にする。
「グレス……?」
小部屋の中には二人がいた。イノンと、モナベノ。
グレスが抱えていたはずの二人だ。
その二人だけだった。
グレスはもう、アイオスたちの視界のどこにも写ってはいなかった。




