第四層をススメ!
「さあ、ここを上ったら第四層だ。異常事態が始まった時刻を考えても、もうそろそろ三層辺りまで捜索がされている頃だろう。地上は近いよ、グレス」
「ああ。地上は一番だ。ダンジョンがこんなにつらいなんて、俺は知らなかった」
階段を上るグレスの靴はすり減り、もう何年も使い古したようになっていた。
地面を踏みつける力は魔法で普段の数倍に跳ね上がっており、その歩数も並々ならぬものになっている。
迷宮五層も本来は上級冒険者の戦場。グレスが着る安価な地上用の服は、五層ではもはや歩くだけで傷んでしまう。
壁に擦ったり植物で切ったりするほかに、酸の温泉が滴って来たり、一瞬で風化するのではないかと思うほど有毒な気流が流れてくることも、ダンジョンではよくあることだ。
迷宮は決して一つの素材でできた建築物ではない。
特有の植物が生え、魔物が棲み、様々な土と岩が、階層や区域ごとに異なる環境を見せる。
グレスは汗と血でぐちゅぐちゅと音を立てる靴を煩わしく思った。
皮が擦れて血が滲み、ひりひりと痛む。感染症になる前に洗い流して治療しなくてはならない。
しかし今は先を急いがねばならない。迷宮内街道まで行けば、ひとまずの安心が手に入る。
「迷宮街道までは、あとどれくらいだ」
走りながら問う。アイオスは少し速度を緩めると
「うん。あれは階層の北側にある。ここからだと、階層の真ん中にある迷路区画を避けて、こう、迂回していくことになるな」
アイオスは地図の左側をなぞった。
「少しかかるか」
「うん。でも外周よりは内側を通るし、道も五層より平坦だから」
第四層はこの迷宮の到達領域で最も面積のある階層だ。
第三階層からの主要連絡口付近の迷宮内街道以外に、中心部にある大迷路が特徴としてあげられる。
亜人系モンスターを中心に、迷宮喰らいや壁岩擬きといった迷路の構造を活かした特徴的な魔物が多く棲みつく、迷宮内迷宮。
迷路はモンスターによる破壊や地殻変動、岩石系モンスター壁岩擬きによるルート偽装によって踏破は不完全であり、"上層"階層のなかでは最も遺物や宝物の発見が見込めると言われている。
その分遭難者や死者は多く、彼らの遺留品こそ宝の本分とまで言われる有様だ。
負傷者を抱えているアイオスたちに、迷路に飛び込む運試しをする余裕はない。
道のりは長くなるものの、魔法の支援がある二人にとって、走破できるような単純な道のりの方が踏破時間も安定性も優れている。
「基本は並走。問題が起きたらその都度指示するけど、基本足は止めないこと」
「了解。そっちの二人は、俺が担ぐことになるのか?」
「お願いするよ、でも安心して進んでくれ。君の背中は俺が守る」
グレスはアイオスの顔をまじまじと見つめ、
「ア、アイオス。君は、格好いいな……!」
「あ、え?いやいや、やっぱいまのなしっ」
首を横に振るアイオス。もはや気のいい兄貴分だ。
「目標到達時間は一時間。焦らず無理せず、最高速度で走破するぞ」
「了解ッ」
迷宮四層を走り抜ける二人の背中はあっという間に遠くになって、少しの砂塵と足音だけが舞っていた。




