ローリングダウン・イン・カース
迷宮第二層は、おびえたように静まり返っていた。
大中央道付近しか探索出来ていないグレスは、今いる南部の深いエリアの地形やモンスターについて、ほぼ完全に知識が無かった。
黄土色の岩が積み上げて作られていた一層や二層序盤とは異なり、青みがかった灰色の岩でできた二層南部。人工の雰囲気がやや薄れ、小部屋によっては洞窟と見違える程度には、ごつごつとした岩が散見される。
「静かだ……」
モンスターにエンカウントもしない、モンスターがいるかもわからないほど、灰色の岩間は静まり返っていた。
(魔物たちも恐れているのか。二層から一層への移動だけでなく、より下層から格上の魔物が逆流してきているのかもしれない)
延々と続く、迷宮の道。
なるべく階層の中央の方を目指し、時折振り返っては直進できているかを確認する。
(……少し左にそれている。どこかで右に曲がるか、それとも道幅が広い方に行くべきか)
グレスは迷いながらも、不思議と冷静だった。
明らかに異様な、魔物の声も聞こえない静かな道のりの中で、迷宮という場所を恐ろしいと思わなかった。それも、迷宮の避役に急襲され、死にかけた記憶すら忘れそうなほどに。
(心が静かだ。空気が涼しい)
どれくらい歩いただろうか。やがてグレスは、灰色の石階段にたどり着いた。
第三階層へ続く、下りの階段。
背骨が凍るような微風が、断続的に足を舐める。
本来、未熟なグレスたちにとって明らかな死地。街の多くの冒険者が未踏の危険禁域。
しかし異常事態下の今、すべての生物が息をひそめるこの瞬間、グレスは嫌な空気を感じなかった。
グレスは身震い一つ、そこから離れようとした。
しかし足は縫い付けられたように微動だにしないどころか、目をそらすこともできない。
「はぁ……はあ……」
息が白く靄になって迷宮の空気に溶け込む。
「俺の知らない場所」
「俺は」
瞳孔が震える。グレスの青い目が、迷宮の奥にある何かを捉える。
「俺は見てみたい……」
「俺は見てみたい」
コツ。コツ。コツ、コツコツ。
一人分の靴音が小さく響く。
迷宮二層は少しして、完全な静寂に包まれた。