生き残る道
「わっ!イノン……!」
モンスターの数がゆうに十を超えることがわかると同時に、イノンはグレスの手を取って走り出した。
「っ……!」
「イノン!一体何が!」
歯噛みして必死に走るイノン。グレスは「一人で走れる」と腕を優しく払い、イノンに並走した。
「魔物の逆流……まさか今日遭遇するなんて……!」
「それ、あの男も……何が起きてるんだ」
「迷宮の魔物の生息地はかなり厳密に決まってて、階層の移動はまず起こらないの。
同じ魔物でも、四層生まれなら四層、五層生まれなら五層を出ることはないんだけど……
ごく稀に、大規模な魔物の群れがいくつもの階層を跨いで移動することがある。
それが魔物の逆流」
「魔物の……大移動……!!」
イノンは全力で走っているのか、その額には大粒の汗が浮かんでいる。
「下層の上級の魔物も大量に移動してくるから、一刻も早く迷宮から脱出しないといけない!!」
「なんてことだ……!でも、イノン、待て!こっちは───」
二人がいる南側のエリアに、モンスターの群れは北側から押し寄せてきた。
それから逃げようと走り出したということは、東側にある迷宮出口から遠ざかっていることになる。
「わかってる!でもあの量のモンスターを、今の私たちが捌くことはできないよ。今回の逆流がどのくらいの規模かわからないけど、とにかく戦闘を回避しないと。延々とエンカウトし続けて、物量に潰されちゃう!」
「で、でもジリ貧だ。行き止まりにあたったら……」
「機を見てどこか小部屋に身を潜めるしかない。第一層には冒険者が多く潜るから、捜索討伐隊が組まれたらすぐにくまなく探されるはず。二日……生き延びれば、地上に帰れるはず!」
「でも、食糧はそんなに無い。大丈夫なのかっ」
「わからない。でも、第一級の冒険者が地上にいるはずだし、こんなイレギュラーが発生したら、下層の攻略よりも上層、ひいては地上の安全のために上級冒険者は討伐戦を始めるはず。少なくとも、群れに立ち向かって全部倒すよりは、勝算のある賭けだよ!」
「イノン!」
グレスはイノンの腕を掴んで止めた。
「なに!?」
「イノン。いま、冷静か」
驚くほど危険な状況に陥ったグレスには、この状況の困難の度合いは推し量るしかない。
イノンの思考と提案がおそらく二人の明暗を分ける。
グレスは問う。冷静かと。
イノンは深呼吸してから、答えた。
「私たちにとれる選択肢はこれしかない。あんまり冷静ではないけど、これしかないと思う」
「……わかった」
グレスはゆっくり頷いた。
そして付け加える。
「生きて帰ろう」
イノンはニッと口角を上げ、頷き返した。
初級冒険者二人の逃亡戦が始まった。