引きずり込まれるように
イノンとグレスは迷宮第一層の南側で戦闘訓練を行っていた。
「うん、なんかいいかんじかも!」
「さっきよりも、ずいぶん動きが良くなったように見える。さすがだ、イノン」
「へへ、それほどでも」
タオルを渡し、ロータッチをして交代する。
二人がいるのは、岩壁から突き出た大樹がそこかしこに根を張るエリア。動物型のモンスターの獣道になりやすく、さまざまな魔物と次々に遭遇できる。狩場として人気で、少し入り組んだエリアにも、冒険者の行き来がみられる。大中央道西側の階段までは距離があるため、南の果てに、二層まで続く縦穴が人の手で穿たれた。
「グレスは、もっと駆け引きのできるモンスターと戦った方がよさそうだね」
「ああ。亜人は手ごわい。猿、のやつも……」
「そうだね」
グレスはレダの動きを思い出しながら試すのは、魔物に無理にぶつかるのではなく、隙を窺う反撃型。
「ッ!」
剣が角や爪にぶつかっても鍔迫り合いに移行せず、あえて弾き飛ばしたり往なしたりして、自身への衝撃を軽減することに意識を向ける。
ここに来る前、「個々が余裕を失うほど消耗しているのに、それを自覚できなかったのもまずかった。体力の温存や、調子を確かめることも意識するべきだった」とレダが言っていた。
「冷静に……冷静に……」
グレスは何度もつぶやきながら、左右に軽くステップした。
モンスターと距離が出来たら、視野が狭まらないように無理やり頭を左右に振る。
無意識で余裕を持つことは、経験の少ないグレスには難しい。不格好でも、慣例動作のように意識的なモーションを挟み、立ち回りの身軽さや広い視野を確保しようとしていた。
「っラァ!!」
「グェー!」
姿勢が崩れた一瞬を突き、トカゲ亜人のモンスターにとどめを刺した。
死亡した身体が急速に腐敗し、ボロボロと崩れ始める。
グレスはその様子を横目に見ながらこぶしを握りこんだ。
「少しずつ、できるようになってきたぞ」
「グレスも、結構調子よさそうだね」
「ああ。付け焼刃だが、欠けていたものがわかってきた」
力を確かめ合う二人は目が合って微笑した。
しかし、静かな時間は唐突に、誰かの叫びに破られた。
「──────ァああっ!!!?」
「なんだ……?」
「何か……」
訝しむ二人。全身が緊張し、剣を握りなおす。
明らかに平常を脱した、恐怖に満ちたような声。
閉所にやられた奇人の絶叫であってくれ。
そうどこかで願ったのを嘲笑うかのように、二度目の叫びははっきりと聞き取れた。
「魔 物 の 逆 流だァあああああああああ!!!」
地響き、眼光。咆哮。
二人のいる通りに、魔物の群れがなだれ込んだ。