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1章09 魔法ボーリング



 故意にチューブを孔につっこむなど、この業界じゃ最悪の所業だ。嫌味なオペレーター(機長)への嫌がらせだって、これだけはやらない。なら、そうじゃないほかの嫌がらせならするのかと自問自答すると、ケースバイケースって答えがでた。


 とにかく、100回再起不能にしても飽き足らない。


 それをやりやがったソイルジーオは、鷹揚な笑いをうかべるながら、こともあろうに、絶賛怒り心頭の私の頭をなでてきた。まさに「逆なで」だ。


「ちゅ、中坊もどきがなんのマネ」


 腹がたってしょうがないのに、背が低い子の仕草が、かわいいと思ってしまった。やつは余裕の(つら)で、こう言った。


「心配にはおよばぬぞ。たかがコアチューブ。いまの我なら小指一本で引き揚げられる」


 こうしてる間にも、フリーのチューブの上には砂が積もっている。


「これは、冗談じゃすまないからね」


 落ちたコアチューブは3年ほど使った中古。新品時とくらべて、かなり摩耗して軽くなっていた。そろそろ新しいのと交換しようかと思っていた。けどそれは処分するってことであって、地中に放置ってことじゃない。


 昔の原野調査にはそんな話は山ほどあるけど、建物が建つ支持力調査だ。鉄なんか地中に放置したら、工事に差し障る危険がある。マンション工事に影響がでて、その損失を請求額されでもしたら。考えるだけで恐ろしい。

 そんな大きな話よりも、代わりの径66チューブが手元にない。いま失うのは困るんだ。


「見ておれ」


 径116㎜のケーシングは地面から10cm上端を出してる。泥水の水位は目測で、地面から50cmほど。ソイルジーオは、ひとさし指をケーシングの縁におくと、気のせいかマシンのエンジン音も町の騒音も聞こえなくなった。


 ソイルジーオは、じっと指に集中してみえる。そういえば昨日の、事故のきっかけになった火魔法はすごかった。あれきり炎は出せなかったけど、力を取り戻したというなら、あれを超える、魔法をみせるに違いない。


 孔に落ちたチューブをどうやって引き揚げる。そんな都合のいい魔法があるんだ。思いつくのは、絡めとるための紐魔法とか強い磁力で引っ張る磁石魔法。なんかどっちも弱っちそう。

 私も息をひそめて、ケーシングに置かれた指先を、じっとみつめた。


重力魔法(ヘヴィリ)


 発動した魔法は、まさかの重力への干渉!?


 ケーシングの中から水柱のように、どろっどろの泥水が、ソイルジーオのヘルメットをはじきとばす勢いで噴きあがった。

 柱の形状で噴きあがった泥水は、櫓の高さまで上昇して、勢いが停まった。保っていた形状はほぐれて先端は百合の花のように開いて、私たちの上に降り注いだ。科学的事象を無視したファンタジー現象だ。


「うわぁぁっ」

「おわおっ!?」


 ”ベントナイト泥水”は名前のとおり、ベントナイトという粘土のような鉱物を水に溶いた泥水(でいすい)でドロドロした流体だ。ベントナイトの主成分はモンモリロナイト。数百万年から数億年前に堆積した火山灰などが変質してできたと考えられてる。

 おおむね、ナトリウム型とカルシウム型にわけられて、ボーリングではナトリウム型が使われてる。ナトリウム型ベントナイトは、水を吸収すると元の体積の何倍にも膨らんで、粘性をしめす。もちろん水より比重が高い。この特性が孔の崩壊を防ぐんだ。

 化粧品、洗剤、石鹸、農薬などの添加剤に用いられてるのは、意外と知られてない。


 そんな粘ばっこい液体を頭からかぶった。孔内に使った中古?だから、土が混じりこんだざらざらだ。色も黄色めいてとんでもなく汚れてる。


「……サイアク」


 私は、ソイルジーオをジト目で睨んだ。


 ボーリングは、土を調べる仕事。だからある程度、ドロドロになるのは仕方がない。汚れてナンボって割り切って、汚れてもいい服で作業してる。けど、それも程度問題だ。

 ツナギの上に被ってるヤッケとパンツが、ぐしょぐしょだ。冷たい感じがしてるから、きっと下着まで濡れて、気持ち悪い。

 無事なのはヘルメットを被った頭くらいで、ツナギとヤッケは全滅だ。洗濯機を何回も回せさないと、完全には汚れをおちない。


 汚いだけでなく冷たい。地下水の温度は変動が少ない。北の大地の場合は、8.5~16℃っていわれてる。真夏でも16℃。気温の低い春に浴びるには、冷たいどころか風邪をひく。


「ど、ドラムで練ったものよりも冷えておらぬか」

「で。どこなのコアチューブ」


 かんじんのコアチューブはどにもない。ヘルメッドなしで、まともに泥水を被ったソイルジーオがガタガタ震えてるけど、自業自得だよ。


「ま、まだ、孔の中だ。こんなはずでは……」

「どんなはずだったの」

「まていま思い出す。重力魔法はかける対象を選べ、重さを加え減らすことができる。地の魔法でもあるから我ほどになれば、地面を揺れ動かすことも地中物の採掘も自在。要は魔力の大きさであるが、我の魔力は膨大……ぼうだ、い? 」


 自分の手のひらをみて、触って、胸を抱きしめて。魔力とやらを探してるが、見つからないようだ。それでも、あきらめきれなくて、さらに後ろのポケットにも手を入れたがそこにもない。あるわけないじゃん。家の鍵じゃないんだから。


 蒼白になってワナワナ震えたこいつは、太陽にケンカを挑むように、両手を握って天を仰いだ。


「魔力を感じぬ。我の、我の魔力はどこへいった」

「知るかあ!」


 鋼鉄のロッドトングをフルスウィングする。ソイルジーオは、5.3mほどぶっとんだ。普通の人なら死ぬかもしれない。いや絶対死ぬだろうけど、まだ息をしていた。


 無駄な時間をとってしまった。孔内に落ちたチューブの位置を探るべく、私は急いで、ロッドを降下させる。ロッドの先端が固い何かにヒットした。チューブの肩って可能性が高い。確かめるためパイプレンチでロッドをまわす。ネジがはまれば、人力では廻らなくなるが、いくらでも廻ればハマってないことになる。


 レンチでロッドを回していく。一回、2回、3回……10回をこえた。これはダメかと、次なる手段が頭をよぎったとき、ロッドの回転が停まった。ネジ部が接続したのかな。接続しててほしい。


 神を信じてないくせに、こういうときは祈る気持ちになるのは、日本人だなぁ。倒れてる魔法を横目にみながら、ロッドを引き揚げた。ロッドの先端にはめでたく、コアチューブが付いていた。


「ほーーーーーーーーっ」


 ソイルジーオ(バカ野郎)は、両手両脚を全開にして、まだ倒れていた。たった一発で済ませるもんか。私は、ヤツの上で何度もジャンプして、顔やら腹やら脚やら、股間やらをさらに踏みつけた。これでもかといくらい踏みつけてやった。


「ふぎゃああ」


 無国籍どころか、存在が人外の、人型生物を殺した場合、殺人になるんだろうか。それとも動物虐待。などと、どうでもいい雑念が頭をよぎった。






 コアチューブを回収した後、ケーシングを引き揚げればこんな孔に用はないから移動だ。

 一時的に櫓をずらして、ユニックでボーリングマシンを吊り上げて、地点を1mほど後ろまで移動させる。水平器で、前後・左右を真っ直ぐを確認する。


「さあて。やるか」


 ツナギを着替える時間さえ惜しいのでそのまんま。泥水は乾いてカピカピ。気持ち悪さはレベルアップしてるけど、気にしないようにして再掘削に集中する。


「我にも手伝わせてくれ」


 ソイルジーオが協力を申し出た。恐るべき回復力で復活したのだ。動けるものはなんでも使う。魔法はあてにならないけど、助手としてなら頼りにできる。


「一宿一飯の恩を、かえしてもらうから」

「心配にはおよばぬぞ」


 こいつ、反省の色がまったくみあたらない。厚顔無恥って言葉を実感した。


「さっきも聞いた。よけいなことはいいから、普通に助手やって」

「ふむ」


 再掘削は、砂礫の層厚がわかればいいから、開始の深度は10mにしてそこまで急ぎの空掘り。ポンプ循環させて掘る送水掘削で、上層の砂やシルトは融かして進んだ。


 あてにならないと思っていた魔法が活躍した。すごく活躍した。


 地力の魔法は、単体じゃ弱くて期待外れだったけど、ボーリング掘削の補助としては合格。泥水なし。ケーシングなしで完璧は保孔を実現。チューブには摩擦抵抗を施したようで掘削時間が半分に短縮された。


 ソイルジーオが胸をはるだけのことはあった。


 10m。11m。12m。3回の標準貫入試験の結果、N値はすべて50オーバー。ついでとばかりに13mも掘って試験したけど、これも50以上で問題なし。完璧だ。


 元の孔で採取した2つの紅石――ソイルジーオと地力――は、イレギュラーだった。あんなのだらけの土層があったら、世界は魔王だらけで、無秩序になってしまう。そうじゃないかと思ってたけど、ホッと安心した。


 ボーリングは午後の3時まで余裕で終わった。マシンを撤去して、跡を片付ける。掘った孔を残土で埋め戻して閉塞した。セメントミルクを充填することもあるけど、今回は残土でよしと言われてる。


 現状回復は時間がかかったけど、それでも8割ほどの達成が限界。何カ所か、泥水の痕や土色の水で汚れている。生えてた雑草は抜けたり枯れたりしている。そんなとこまで完璧に回復するとなると、造園業者を依頼しないといけないいので、現実的じゃない。実際、そこまでの回復はもとめられてない。

 ボーリングの痕跡なんて数日できれいさっぱりなくなる。いすれ、工事が始まってこれ以上に散乱する。始めるまえの状態にあるていど(・・・・・)戻ればいい。そこまでがお仕事だ。


「まぁまぁだね」

「ただの更地になったな。跡が残らぬのでは達成感がないの」

「そういう仕事だからね。調査結果は土質記録(データ)として活用されるからいいの」


 私は胸ポケットにある野帳をポンと叩いた。記録写真、コア箱と一緒に納める重要な成果物だ。この孔の詳細な調査結果が書きこんである。


「我は数多くの城を建ていずれも威風を放っておった。価値が触れられぬのは寂しいことだな」

「ここにはね、この町で一番大きなマンションがたつの。数年後、いつかこの道を通ったとき、ものすごく大きな建物を見上げて言うんだ。”これ、私が調査したんだ”って」

「そういうものか。ひとつ聞いていいか」

「なによ改まって」

「まんしょんとは、何のことだ」

「そこからかっ」



 つくみに電話すると、こんな時間までかかったの、と呆れられた。

 再掘削したと言ったら速すぎる、と驚かれた。


 うん早かった。トータルで通常の3倍の速度。魔王の魔法は使える。このさい魔性でもなんでもいい。良い物件を拾えたようだ。134人もかかったけど。


「ソイルくんさ、うちと契約しない」


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