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1章08 地力の|身玉《オーブ》



 がくぜんとした。


 軟弱な土層があるとしても、そんな可能性は低かった。口では言ってたけど、締まった砂礫が続くと期待してたし、疑ったなかった。


「ORZ」

「なげくのなら記号ではなく言葉で嘆け」

「N値が1。たったの1」


 なんども繰りかえすけど目的は、締まった(または固い)土層を連続6回を確認することだ。一度でも50を下回ってしまえば、層厚確認ははじめから。初期値0にリセットされて、やり直しになる。そこまでの積み上げはカウントされない。

 土質によっては設計的に40回以上あれば良しとなることもあるけど、1では……。


 ここらへんの砂礫の層厚は10m。6回目が抜けたとなると、N値50の砂礫がすぐにあっても、残りは4mしかない。

 過去データによれば、砂礫の下は砂とシルトが3m。N値は20以下とある。その下には、支持層になる地盤があるんだけど。4mと3mを抜いてからの6回で、合計13m。いまの深度が12mだから最終深度は25mにもおよぶ。


「ここ30階のマンションが建てることになってるけど、そんなに深い杭を想定してるのかな。予算オーバーだったら……」


 そして時間だ。単純な深度はあと13mだけど、深くなるほど、一度のロッドの上げ下げの時間は長くかかってしまう。0から12mまで8時間かかったとすれば、12から25mは、1時間で終わらない。


 しかもまずいことに、この場所で作業ができるのは土日だけって条件があった。明日から平日は駐車場になるので、今日中に撤去する約束になってる。なら来週に持ちせばよさそうだけど、来週には別会社の現場を引き受けていた。


 望みは絶たれたって。あっちもこっちも契約を全うできそうにない。

 もう、泣きたい。


「何を思いつめてるか知らんが、引き揚げてみてはどうだ」

「そうか……そうだね」


 杭の設計深度なんて、そんなこと、私が悩んだってどうにもできない。深度だって、最初から存在していたものを、ボーリングで確かめてるにすぎない。なにもかも、私が決めたわけじゃない。

 仕事がこなくなるかもしれないけど。悔しがったって、私にできることはちょっとしかない。

 とにかくコアを確認しなきゃ。それから担当者の沢渡つくみに連絡。担当者の彼女なら、こんな最悪でも、きっとどうにか考えてくれる。それをを祈ろう。


 孔底に撃ち込んだレイモンドサンプラーを油圧で引き抜く。ウィンチでロッドを巻きあげていく。なにがでるかな。シルトか。砂か。含水の多い砂礫――はないな、泥水の水位低下は自然減だ。


 泥水に濡れたロッドが孔の口元に現れた。ソイルジーオは、大小のパイプレンチをもって、ロッドを切り離した。


「何も言ってないのによくわかったね。切るのも、初心者はネジ向きに戸惑うもんだよ」

「迷うヤツがいるのか。見ればわかることだろう」


 レンチでロッドのネジを切り離す。難しくない単純な作業だけど、私たちが使うパイプレンチは小でも1㎏以上ある。両手ひに一本つづもって、大は左側の上に、小を右側の下に、ちゃっとかけるのには、筋肉と慣れがいるんだ。


「ちょっと感動した」

「バカなことをいってないで取るぞ。レイモンドサンプラーといったか」

「うん」


 なんか頼りになる。


 ソイルジーオは、レイモンドのロッドをぐっと掴んで、ケーシングから引き抜いた。ツナギと長靴がどろどろになるのもかまわず、半切りドラム缶に横置きし、ブラシで、付着した汚れを洗い落していく。


「こいつを開けるのでいいんだな」


 現れた先端には、とっても見覚えのある紅い物体を咥えていた。


「まってそれ……」


 ソイルジーオが触れたとたん、紅い玉石は輝いて、レイモンドの先端から飛び出した。ぐるん。ループコースターのように宙返りすると、身体に張り付いて沈んでいった。


「おぉおっ!?」


 お腹のあたりが輝いた。その輝きは胸から右腕、左腕またお腹と、居場所を求めるようにゆっくり移動していった。まるで、寄生した電球が存在をアピールしてるようで、気持ちわるい。


 あちこち動きまわった光は、右脚にきたところで動きを止め、輝きが消えた。


「だいじょうぶ……?」


 ソイルジーオは憮然とした表情をして、紅玉の動きを追っていたけど、右脚に落ち着くと薄く微笑んだ。


「力が衰えたものと思っていたが、それは考え違いだったようだ」

「考え違い?」


 ソイルジーオは低い建物に囲まれた大空を抱くように手を広げたてみせた。大仰というより芝居がかってる。


「いまの我は数分の1の力しかない。巫女のやつめ。我を滅すること敵わず身体を分け封印したようだ」

「巫女。封印。ふうん」


 倒しても殺すには至らなかったのね。力を削ぐため身体(パーツ)を分けたのか。こいつのほうは、退治された後に、自分になにをされたか分からかったと。そして2000年後に目覚めた。


「ふうんてな。きさま、この異常事態にも驚かぬのか」


 この国は2000年の歴史がある。古来から代々統治してる君主はいま、象徴天皇って呼ばれてる。誰にも代われない激務をこなしてる世界を飛び回ってるエライお方だ。その初代は女帝で、巫女だったと歴史は伝えてた。子供のころ童話で読んだ。


 神々時代の史実には、数々のウソっぽい寓話があったけど、極めつけは、大陸から攻めてきた魔王を撃退した話。RPGで使い古された魔王より、鬼を退治するほうがよっぽどリアルだって思っていたけど、その魔王がソイルジーオだったなんてね。世界ってのは歴史も地理も狭いみたい。


「巫女に負けたってことだよね」

「心臓を抉るようなことを……だが次は絶対勝つ、そういう所存である」

「陰ながら応援するよ。がんばれー」

「心無い声援に、やる気がうせてくるわ」

「それで。バラバラ遺体はいくつ。3つくらい?」

「解体部位みたいに……5つ以上だが10はいかない。我にわかるのはそこまでだ」


 あと3から7つの紅石が、どっかに封印されてるのか。たいへんだねー。


「そのひとつが、もどったと」

「そうだ。我が本体とあわせれば2つである」

「それでいまのは脚だよね。どんな力? 100mを5秒で走れるとか?」

「ふむ……ふむ地の力、地力だ」

「へぇ。なにができるの」

「いちいちうるさいやつだな」

「昨日のキミは、もっとうるさかったよ」

「ぐぬ……大地の気配をくみ取れたり、ほかの身体の位置がおぼろげに分かったり、重力を操れる。それに……これはいわんでおく」


 秘密にしたい機能があるんだ。大魔王だからね。秘密くらいないと締まらないか。べつにいいけど。


「特別に許してあげる」

「きさまは何様だ」

「株式会社岩堀地質技建の社長さま、かな。ところでここが肝心なんだけど。それ仕事に役立つ?」

「なんでかんでもボーリングに結びつけるな。我は大魔王なのだぞ!」

「脅しはいいから。役立つ? それとも役だたないクズ機能?」

「ぐぬーいちいち頭にくる女じゃ。役立つにできるにきまっておろうが!」

「証明してみせて」

「証明だと」

「マシンを1mだけ移動して再掘削するから。12mをやり直すの。それくくらいできるよね」

「当たり前だ。吠えづらかかせてやるわ」


 ちょろい。


「その前にひとつ知りたいのだが」

「なに」

「移動しようとする意味がわからん。このまま掘っていけばいいではないか」


 そう言うと、径66のコアチューブを持ち孔口に挿そうとする。


「それだとあと23mまで掘ることになるの」

「いまの深度から13m掘り進むだけであろう。移動して12mを掘るほうが時間と手間がかかるのではないか」


 この子、長さや重さの単位をさらりと覚えてしまったんだよね。

 メートルは地球の北極点から赤道までの子午線弧長の1000万分の1の長さで、1Kgは水1デシリットルの重さ。フランス革命がおこった翌年に提案されて、さらに翌年に決めたらしい。バタバタ人が死んでる最中によく、そんなことやってたよね。


「うーん。山登りに例えたほうが感覚的にわかりやすいかな。平地から中腹まで登る労力より中腹から頂上まで登る労力のほうが大きい、て。ボーリングの場合浅いのうが、一度のあたりのロッドの上げ下げの労力が、小さいんだよ」

「よくわらん。試してみるか」


 ソイルジーオは、掴んでいたチューブから手を離した。コアチューブは泥水の中に沈んで、見えなくなった。


「な、な、な……」

「あっというまだな。中が空で蓋がないからまさに筒抜けだ。これを引き揚げる労力が大きい。そういう話だったな」


 コアチューブは鉄製ロッドに繋がってはじめて役に立つ。回転をかけて掘削するのも、貫入試験で打撃を与えるのも、ウィンチで引き上げるのも、地上の力エネルギーを伝えるロッドがあってナンボなんだ。チューブだけがボーリング孔にあるのは非常事態。

 一般に、これを落下事故という。


「な、な、なんてことしてくれるの。このバカソイル!」


 レイモンドサンプラーをフルスイングで、大魔王の脳天にたたき込みたくなった。


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