1章06 魔王の魔法
ソイルジーオがコンビニに立つと、取っ手のない透明板扉がすっと開いた。戸惑いながら、左右に人の姿を探したが、開閉の任を帯びた門番はみあたらない。
「摩訶不思議な」
「いらっしゃいませ」
ソイルジーオは戸惑ったが顔にはださず、仕切り台の奥から声掛けしていきた女に、ここにきた目的を告げた。
「我は大陸を統べる大魔王名ソイルジーオ。所望はカレーパン。ありたっけを供すがよい。隠し立ては為にならんぞ」
店内がざわついた。ツナギ姿の若年労働者がカレーパンを希望した……らしいと、女性店員は、ソイルジーオ以上に戸惑いながらも咀嚼した。客が名乗りをあげて商品を所望するなど、ネット動画でもみたことがないが、マニュアルにしたがいパンの陳列棚へ案内した。
「カレーパンですねお客様。こちらのパン棚にあります」
「さまざまな種類があるのだな。だがカレーパンは2個のみ。これはいかがしたことだ」
「申し訳ございません。次の配送分でとどきますけど、いまはそこにある分だけです」
「無いものは仕方ない。食べながら待たせてもらおう」
ソイルジーオは陳列棚のカレーパンをつかみとって、セラミックタイルの床に腰をおろした。パンのビニールを開封する。芳香な香りに満足しながら美味そうにほうばった。
「お、お客様? 商品のご利用はお会計をませてからにしてください。店内で召しあがるのでしたら、イートインコーナーでおねがいします」
「かいけい? いーといん? なにを分けのわからぬことを……うがっ」
ソイルジーオは白目をむいて昏倒した。その後ろでは雪水が、鋼鉄のパイプレンチを握っていた。
「何やってんのかなソイルくん。うちのアホがすいません。いま払いますから」
土下座の勢いで店員に頭を下げると、倒れた中坊の背中をふみつけてカレーパンを取りあげ、会計をすませた。
でるよ、とふり返る。ソイルジーオは腰に手をあて復活していた。
「きさま。我に向って数々の無礼。堪忍袋の紐が切れたわ」
「切れるのは紐じゃくて緒の特権。それで?」
「減らず口ごと頭をつぶしてくれる。重力魔法!」
ソイルジーオはどや顔で、雪水にむけた人差し指をくいっと床に降ろし「どうだ!」と唸った。
「店の音楽で指揮の練習?」
何度も指を上下させる。その動きは、店内に流れるコンビニテーマソングにマッチしてはいたが、特段、変わったことはなにも起こらなかった。
「ぬ?……這いつくばらぬ……ならばこれは。水矢」
今度は手を開いてみせた。やはりなにも起こらない。
「なぜ、じゃ魔法がつかえぬ……」
ずーん。床に膝をついて、ソイルジーオはうなだれた。
雪水は、その首に両腕をまわすと、息の根をとめるように力をこめて引き揚げた。ギャっという、カエルのような悲鳴を無視し、「撤収します」と頭を垂れ逃げるように店を退去した。
車のいない駐車場の真ん中で中坊を放した雪水は、このコンビニもう来れないよー、と涙目になっていた。
「貴様、息ができぬではないか我を殺すつもりか」
「へー死ねるんだ。いいこときいたよ。世間に顔向けできなくならないいまのうち、息の根をとめる!」
「情けという言葉を知らぬのか。我は落ち込んでおるのだぞ」
「迷惑って言葉は知ってる。常識って言葉も」
「我は大魔王、法も常識も我がきめる。なのに、魔法が使えぬ……」
ぺたりと、力なく地面に座り込んでしまった。
「これも使えぬのであろうな。火円魔法」
やる気なくぼそりと呪文を唱えた。するとソイルジーオと雪水を中心に、激しい炎の輪が生まれた。
「ぎゃあーなにこれ」
「おおお。炎魔法が使えるとは僥倖。巫女にリベンジだ」
炎輪は半径を広げていく。店の入り口に到達する勢いだ。駐車場はいろうとした乗用車が驚いて急ブレーキをかける。そこに後続の車が追突し、別の車がぶつかって横転。反対車線に飛び出して、トレーラーが衝突した。あたりに惨事が広がった。
「魔法っだって? 消して消して、消火器、消火器は!?」
「ふぬっははは。我の魔法が人に消せるものか。燃えろ燃え尽くせ」
大きく手を広げ、ソイルジーオは高らかに笑った。世を支配した悪魔のごとくに。
直後、火は勢いをなくし、あっという間に鎮火してしまった。
「あ、あれ?」
炎は消えたが、おこった事故は消えなかった。
雪水は119に電話しながら道路にとびだした。車に閉じ込められてるドライバーを助けはじめた。
「ソイルくんも手伝う! しょぼい魔法のせいなんだから、責任とって」
巻き込まれなかった車やコンビニからも人が駆け付け、声をかけ合いながら、怪我人を駐車場に運ぶ。店員が備え付けの応急セットを持ち出し、コンビニ駐車場は野戦病院さながらとなった。
事故の車は12台におよんだ。数分後に救急車と消防車、パトカーがかけつける。テレビや新聞社が取材にやってきて、上空にはヘリが飛んだ。
事態が収拾して、通行が解除になったのは2時間後。消防と警察に事情を聞かれた雪水が解放されるのに、さらに2時間ほどかかった。
「しょぼい……我の魔法が……しょぼい」
ソイルジーオは何度も魔法を試してみたが、2度と発動することはなかった。
帰りついたのは夜中。寂しげな街灯を目印に、会社の敷地に車を入れる。
会社にはボーリングマシンなどの器材倉庫が2つ、ユニック車が2台ある。雪水は、井戸の側にユニック車を止めた。
「ここがきさま……雪水の住処か。辺りの建物よりボロであるな」
「悪かったね。まだ市街化調整区域だったころに爺さんが建てたから古いんだよ」
「よく倒壊せぬものだ」
倉庫は電動シャッター付きで大きいが、いたるところ錆びて老朽化が著しい。雪水も建て直したいと思ってはいるが。
広い敷地の角には2階建ての自宅がある。こっちは、雪水がが生まれたときに建てた築18年。いつもなら、玄関から弟のひろとがとび出して「あそぼうっと」すがってくる。時間が遅いせいか、さすがに出てこない。
「灯りもついてないってなに。寝たのかな」
玄関のセンサー灯だけぽつんとついてる。習慣で取り出したスマホをチェックすると、母親の着信履歴とメールもあった。
『ひろとを連れて従兄たちをあいさつまわりしてくる。明日の午後に帰る予定。シチュー作ったからご飯は自分で炊いて。電話くらい出なさい』
一読した雪水は、母親への説明が後回しになって安心の息を吐いた。ソイルジーオは倉庫の隅を長靴の先で擦っていた。よほど錆びが気になるらしい。メールは国崎からも届いていた。
『わるい。撤去いけなくなった。先方が明日から来てくれって。なんとかなるよな』
ため息をついた。