1章05 ”大”魔王ソイルジーオ
受注した仕事は、支持地盤を5m確認すること。でもアクシデントのせいで、足りないてない。沢渡つくみに告げると、屈託ない笑顔でこういった。
「1mくらいどうとでもなるわよ。N値は10mと11mと過去データから推定できるし、コア箱には砂礫の残土をいれて。成果品のできあがりね」
ズルだ。1mを端折るズル。彼女は、非常事態がおこったから黙認すると言ってる。
「そういう問題じゃ……」
「雪水ちゃんて真面目よね。夕方だし土曜だし。私本当は休みだからもう帰りましょ。検尺写真を撮るからロッド並べて。ほら」
この付近の地盤は知ってる。何度も掘って熟知してる。支持層になり得る砂礫は深度30m付近まで続いてるので、マンションの構造設計にも支障はない。1mの偽装くらいじゃびくともしない。
でも。
ズルを受け入れてしまったら最期だ。この先、似たような調査でツラくなるたび、ズルしてしまうかも。それは怖いことだ。休日を返上して立ち会ってるつくみには申し訳ないけど、できない。
「明日掘りますよ。写真だけ、撮らせてください」
”真面目よね”の言い方にムカついたこともあって、ズルを断った。
「……わかったわ。ショタ君はどうするの。私連れていってもいいけど?」
「そうしてもらえると……まって。変なことするとか」
「し、ないわよ。彼と別れたばかりだから、淋しいなって思っただけ」
「やっぱ、うちで責任もって預かります。つくみさんの餌食にできません」
「餌食って……まぁ、近所に詮索されても困るし。雪水ちゃんにまかせるわ」
声が裏返ってるぞーー。
掘りだした責任者として放っておけなかった。服は予備のツナギを着せてる。あの裸は毒すぎる。しゃべる石像少年に、ユニック車に乗るように言うと、ぐるりとキャビンを伺いながら、素直に助手席に座った。
「腕は治したが痛いな。まだズキズキする」
「しゃべってると舌かむよ。準大型免許、とったばかりなんだから」
腕をぐるぐるまわして具合を確かめてる石像少年。肩の骨が折れたというのに、正常に機能してる。異常だ。
「ツナギか。人を象った衣ははじめてじゃ。スカスカする。この開け閉め自由なふぁすなぁも興味深い。紅色の生地も見事。さぞ腕のよい職人が染め、作りあげのであろう」
「何年も生きてる口ぶり……何年も生きてるのか」
いいながら訂正する。こいつは堆積した地中にいたのだ。中学生にみえても、100年や200年じゃない。私が採取したのに、まだ信じられない。
「地中でも寒暖くらいわかるぞ。数えた冬は2000回を越えたか」
「2000回……年?」
「時はあなどれぬな。見るものすべてが摩訶不思議に満ちておる。曳く馬がなく走る車。唖然とするほど平らな道。それを理路整然と高速で行き交う車の数。鉄の柱に下げられた3色光器に愚直に従う統率。建物もそうじゃ。見上げるばかりの高さなのに支える柱が見当たらぬ。犬を紐で繋いて連れる民がおるが、なんぞ儀式か、連れた先で食うのか――」
「ええいうるさい。キミはいったいなんなの」
こんな調子で質問してくる。ずっと疑問が止まらない。クラスのおしゃべりだって、ここまで酷くはない。最初はいちいち答えてたけど、たかがJK。みるものすべて知ってるはずない。
まいったなぁ。いまからでも、つくみに引き取ってもらおうかな。
背丈は165cmの私より小さいから155くらい。細マッチョで、ミディアムの紅髪。西洋東洋どちらにもみえる整った顔立ちは、トータルすると中学男子だけど女子にみえる。裸体をみてなかったら男子と思わない。
私がちらちら盗み見てると。
「我の正体を知りたいか。聞いて驚くがいい。我はソイルジーオ。大陸の大魔王である」
我はソイルジーオ。大陸の大魔王であるー
我はソイルジーオ。大陸の大魔王であるー
我はソイルジーオ……
大陸の大魔王である……
である…… である…… あるー るー
エコーのかかった幻聴が耳の奥で鳴り響いた。
大魔王。
古代創世記っていう最古の文献がある。語り部が数百代に渡って云い伝えた。長い物語りで、大陸を統べる5人の魔王が登場する。学校では古典と歴史の両方で習うし、おとぎ話もあるから知らない人はいない。
最新の学説では史実でないというのが有力だ。世界中で開発で進んで発掘が進み、古代史が塗り替えられてるにも関わらず、魔王が存在した証拠だけは見つかってないんだ。よくできた創作と結論づけられていた。
物語は物語でいいけど。5人の中に、大のつく魔王はいない。
「……ちっ」
ユニック車をコンビニの駐車場に停め、ポケットから出したマホの電話ツールをタッチ。コール1回で、沢渡つくみが通話にでた。
『どうしたの雪水ちゃん』
「石像の件ですが、やっぱりそちらに渡したいです。住所は変わってないですよね」
『あーー。彼とよりをもどしたからいらない。これからデートなのごめんね』
ぷっと、通話が切れた。速い。私は、ハンドルに突っ伏した。
「もう一度言おう。我は大魔王ソイルジーオ。世界最大の大陸を統治する大魔王である」
「聞こえてる。できすぎだよ。ソイル? ジオ? 1回聞けば、ボーリング屋なら忘れない名前だからそれ」
「覚えたのなら良い。されば、我がなぜ地中におったか聞きたいであろう。教えてしんぜよう。聞くもナミダ話すもナミダ涙。隆盛と衰退の物語じゃ。数いる魔王のなかで大魔王を名乗我は……」
聞いてないってのに、自称大魔王はひとり語りをはじめた。中二病を患ってる中坊石像か。妙なものに関わってしまったよ。捨てるか。
「めんどくさい」
「貴様、メンドクサイというのは我のことか」
「ほかに誰がいるの」
後先を考えず連れきてしまったけど、連れ帰るというのは家に住まわすことだ。元は石像でも生身の人間で、中学生男子にくらいにしかみえない。家にそんなのを置くには相応の理由が必要なんだけど、母親にどう説明したらいいか。
正解は”拾った”なんだけども正気を疑われる。”従弟”はこんな従姉弟がいない。友達の弟を預かる?…… じゃあいつまで、と聞かれるよね。無制限の可能性もあるから答えられない。
私が真面目なら、母親は現実主義。それはもう堅物といっていい。初めてのお小遣いは1円単位で使用計画を提出させた人だ。正当な理由がなければ、エンピツ一本買えない。
細かさに腹がたって、消しゴムを使った証拠に擦ったカスをみせようかと言ったら、本当にカスを集めさせられた。ロボット掃除機があればと思ったなぁ
ひらめいた。ロボットっていえば案外イケるかも。うん。
「あーー煮詰まってきたよ私」
石像だったら面倒がなかったのに。母は難航不落だ。
ふだんとちがう脳細胞を動かしたせいで、喉がカラカラ。お腹も減った。ちょうどコンビニ。家まではもうすこし時間がかかるし、なんか食べよう。
「ところでソイルくんは、お腹ってすくの」
「誰がソイルくんだ! 恐れ多くも大魔法の御名を略すな」
「はいはい。空いてるの空いてないの。どうなの」
大魔王のお腹が、くーっと鳴った。
2000年食べなくても死ななかった身体も、空腹は感じるようだ。古代の人がなにを食べていたか知らないけど。自称魔王だっけ。現代食を受けつけるかな、いまのうち試しておくか。
「永く埋まっておったから腹ペコで死にそうだわ。なんならこの乗り物ごと食えるぞ」
「ユニック車食べたら土に戻すよ。大人しくし待ってて。パンでいいよね」
「パンとな。それは楽しみだ」
ちょちょいと、好きなカレーパンを買ってきた。ソイルジーオに渡すと、ビニルを取らずにむしゃぶりつこうとする。
「そこからか。貸して」
奪い取ってビニルを外してやる。ソイルジーオは、一口かじって驚愕の声をあげた。
「こ、これは……っ! こんな味わい深く美味いパンは初めてだ」
「おおげさ」
いつもと変わらないそれなりの味だ。油を背負ってしまうのが量産カレーパンの難点だけど、空腹は最大の調味料。まずまず美味い。
「外側がイボイボで油だらけ。触り心地はいただけないが、かじったとたん芳醇な香りが口から鼻にぬけ食欲をいやます。はむはむはむ……ぬっ、これは!」
「どしたの」
「ぬめっとした異物が舌にあたったぞ」
「まぁカレーだし」
「ノォォォォォッ!!! か、か、か 舌がかれぇぇぇ」
「だからカレーだって」
「な、な、なんなのだ、これは、具か。具なのだな。パンだけでも美味いというのに、中に具を仕込むとは、大それた出血サービス! しかも味わいが極上ときた。香味ゆたかな辛みが、ほどよい刺激となり口中を席巻する。おそるべしカレーパン」
「気に入ったようだね。食べたら出発するよ」
母親を説得する材料は、少ないどころかほとんどない。動かぬ証拠はソイルジーオのみ。人にできないスキルでもみせれば納得するかも。空を飛ぶとか魔法とか。
魔法……ね。
「ソイルくんキミ、まさか魔法が使えたり……あれいない?」