1章04 少年像の攻防
膨張したぽよぽよの紅い石は、妙な形で固まった。岩や木ではなくて、樹氷のように偶然の美術物でもない。誰かが造った意味のある像だ。はっきりいうと人の型になった。
まぶしかった光もエネルギーを使い果たしたんだか、輝くのが終わって、白っぽい黄色に定着した。
「形状記憶石像?」
クモをやめたつくみは警戒しながらも、近づいて指でつんつんした。
「ちょっと、危ないですよ。襲ってくるかも」
「12mから回収した石が生物のわけないわよ。ホラーコンテンツの見過ぎ」
「毒とか、有害な地下鉱物かも。それに……とっても目の毒です」
私は真赤になって、顔を両手で覆った。それで、指の隙間から像をのぞいてる状態だ。
「ふふ。それはそうね」
像は”胡坐をかいた少年の裸体”の形状をしていた。偶然になった? まさかあり得ない。
「これはすごいわ雪水ちゃん。もっと近こう寄れ」
髪は紅くてぼさぼさのミディアム。前髪で隠れてるけど、アジア人にも西欧人にもみえる整った顔立ちをしてる。身体は、無駄のない細マッチョ。印象をまとめれば、成長段階の少年といった風情だった。
背中から腰にかけたラインは、かなり好み。しっかりみてるな私。
「どこの大名ですか。寄れませんよいっぱいいっぱいです。父さんしかみたことないですから」
ある一点は、とりわけ優れてる。
男性の部分の再現力が凄まじい。芸術のわからない私にも、製作者が身骨を注いだとわかる逸品だ。匠の心意気というか。思い入れが、余すところなくビンビン伝わるアリティっぷり。なんだか芯が熱くなってきた。
「理想的なフォルムよ。興奮状態の男性を完璧に表現してある。モチーフが少年という点も評価に値する。ギリシャ像なんかみんな包茎じゃない。つまらない賢者モードより100倍優れてる。製作者はコンプライアンスへ挑戦状をたたきつけてるわ」
「なに言ってるかわかんないけど……芸術、なんですか」
いやわかってる。包茎を卒業した初々しさと、青春真っ只中の若々しさの融合だ。私もなにいってんだか。とにかく目が、離れない。
「反り具合が素晴らしいわっ!!」
言っちゃったよこの人。つくみは、抱きつかんばかりに興奮していた。美術館に展示したなら、100人が100人。目を釘付けにするであろうと、女性なら長蛇の列を成すこと請け合いらしい。分かる気がする。
「せいきの美術品よ。ポスターを作れば1万円で売れる。咎めるヤツがいれば、そいつに邪念があるからよ」
スマホで何枚も写真を撮るつくみ。私も……撮っておこうかな。
スマホを持ってこようとトラックのドアノブに開きかけたとき、正気にかえった。
「……それどこじゃなかった。あと1mをどうしよう」
予定深度は12m。コアチューブで12まで掘削してあるから次は貫入試験。N値が50になれば完了。そこで出たのがコレだ。
人型はコア箱に納まらない。発注者にそのまま正直に説明すれば……正気を疑われるそうだ。この少年像を渡す? バカげたお遊びだと一笑にされるにきまってる。
写真なんかもっと証拠にならない。AIのフェイク動画が社会問題になってるんだから。
頼みのつくみはこんな有様。11.5mから12.0m。どうする。
「終わらせて帰るはずが、やり直しって」
1トンあるマシンを横にずらすだけならカンタン。でも、それだけが作業じゃない。掘削孔に挿入してあるケーシングを回収し、高さ5mの櫓を動かし、掘った孔は底までセメントを流し込んで塞がないといけない。
そうやって、はじめて1から掘削が開始できる。時刻は午後4時。順調にいって再開は6時過ぎ。危険だから、日が暮れれば作業はできない。手間と時間をシミュレーションするまでもない、明日中に終わらせるのは、もう。
「2本のドラム缶で持ってきた水は、使っちゃってて足りない。小川は……あるけど遠いし倉庫まで汲みに戻るのもコストオーバー。今日と明日でに終わらせる? 無理ゲーだっ!」
午前で10m進めたのは、ベテラン助手の国崎がいたから。ひとり作業となると、私の腕では、2倍近く時間がかかる自信がある。現にこんな時間だし。もう、頭が痛い!
一斗缶に立ててるアルミパイプレンチをがしっと握って、地面になげつけた。
1本、2本、3本……、レンチは畑の表土にのめり込んだ。
こう、八つ当たりしないと、車道に身を投げてしまいそうだ。
「雪水ちゃん?」
「ふーっ ふーっ ふーっ。あきらめるな、私」
ヘルメットも放り投げた。
トラックのドアを開け、リュックからペットボトルを出した。
キャップをひねって頭のうえから中身の水をかぶった。
ずぶずぶぶず……。
水が髪を濡らしていく。着ているツナギも下着もびしょ濡れ。
冷たいというより生ぬるくて、気持ち悪い。
すこしだけ、冷静になって。
「どうしたの。大丈夫?」
コア箱は、ボーリング調査で採取したコアを納める長さ1mの箱。調査目的別に複数のサイズがあり、コアの径によって3~5列が収まる。ここは孔径66㎜仕様なので、直径5.5cmだ。1mの左半分は貫入試験で採取したペネ ―― 標準貫入試験は英語で standard penetration test。採取したコアは通称ペネ試料という ――が入る。
「12mの下はまだ砂礫層が続いてるかも。50cm分コアを埋めれば、続行できます」
一瞬で結論に達すると、一斗缶からこんどはハンマーを取る。石像もどき少年に近づいて、ふり上げた。
「みててください。腕なら50cmに収まります」
「ちょっと雪水ちゃん」
現実世界に戻ってきたつくみは、私の狙いに気づいたようだ。
「肩をロックオン。腕を落とします。危ないのでどいてください」
「肩よね。本当に肩だけよね」
腕だけあれいい。なにを心配してるのかな?
「待て待てっ」
少年が口を聞いた気がしたけど幻聴だ。私は、自分の気が動転してると、脳の隅では自覚してる。それだけにやり遂げなくてはいけない。正常な世界を取り戻すため、こいつの腕を箱に納める。
「待てと言ってる。身体がうまく動かないのだ」
石像が手を合わせて哀願してる。気のせいだ。石も土は動かない。動くとすれば、永年の歳月で風や水に運ばれて堆積運動か、火山から溢れる溶岩の流れ。意思のある自発的な活動は起こり得ない。
両口ハンマーは、全長28cm。頭部質量は0.9㎏。地球の重力加速度9.8m/s2に、身長165cmのパワフルJKが渾身の力でふり降ろす。
「信じていいのね、雪水ちゃん」
信じる。なにを。
「漢は黙って腕をもぐっ」
「もぐなっ! のぐぁーっ」
降り下ろしたハンマーは1㎜とたがわず、狙い定めた点にあたった
……のだが、少年像は避けるように傾いたせいでずれて、肩の端をわずかに掠るに留まった。それでも鈍い音がして、関節の向きが変わった。それなりのダメージを与えたが腕は繋がってる。私は次弾を装填し――ハンマーをふり上げ――た。
「相手が石なら人間じゃないんだ。次は外さない!」
「なにを言っておるっ 生きてるってっ!」
少年は身もだえながら両手をあげる。万国共通のバンザイポーズだ。正座になって必死で降参を表現する石像のすがた。
「!? しゃべってる??」
これは、さすがの私も、異常事態を受け入れるしかなかった。
「遅いわ! 貴様の顔はしかと焼き付けたぞ。こたびの仕打ち、身が朽ち果てるまで忘れまい」
「へぇ。石にしては表面が人肌のようにすべすべしてる。動くししゃべるし、どうなってるの。つくみさん、わかる?」
ハンマーを置いた。代わって油と泥で汚れたブラシを持って、つついた。
「汚物まみれの刷毛で触れるなっ」
少年は逃れようとしてるけど、身を捩るのが精いっぱいみたい。さっき当人が申告していた。思うがように動けてない。
「ゲームに、石像が動くモンスターがあるけど、不可能ね。何かしらの隙間がないと稼働はできないのよ。無機質のロボットプラモの関節が曲がるのは、球体パーツがあるから」
「そのケース、この子に当てはまらないです。石っぽくないですから」
「無機質だったものが、有機質に変化したってことよね」
「無機質と有機質って、どうちがうんですか?」
「有機物というのはね……」
つくみが説明してくれる。
有機物から始まった話は、地層年代へと移った。いつのまにか、ビッグバン論の是非にとんだ。宇宙が誕生してから138億年だか136億年っていう。宇宙の外にはなにがあるのか。無機物しか存在しえない宇宙で、どうやって地球が創られ、有機物のDNAが誕生したか……たのしい。
どっちも、学者でも専門家でもないけど、こんな話が大好きで、いつまでも話していられる。
「貴様ら。その談義はいつまで続くのだ?」
石の少年はブラシを放り投げて立ちあがった。尽きない議論のあいだ、強張っていた身体は、自由をとりもどした。
いつのまにか陽は傾いてる。