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1章03 最期のひとりも退職




 またまた土曜日。今日の現場は市内だ。

 お昼になったので、トラック座席で弁当を食べ終えたところだ。


 予定ではあと2mなので、3時くらいには撤去できそう。ぼんやり段取りを考えていると、運転席の国崎がとんでもないことを言い放った。別の会社に移るという。


「国崎! やめるの!?」

「ずっと言ってたよな。なんで驚いてんだ」


 そういう話はしていた。とうとうきたかってカンジだけど、けどなぜいま。


「次の人がきまるまでいてくれるって」


 国崎が、うちの”株式会社 岩堀地質技建”でバイトしたのは高校3年から。私が造ったホームページの募集をみてきた。先代()と高齢の先輩たちはすごく可愛がった。技術を磨いて、いつか独立したいという将来設計が口クセだった。

 しかし、先代が亡くなって風向きがかわった。


「さっき帰ったのだ133人目。次っていつだ。俺を高齢者にするつもりか」

「国崎がいいなら、継いでくれてもいいんだよ」


 彼のことは嫌いじゃない。楽しいデートも何度かしていた。相性は悪くない。


「結婚するってか? そんで、ずっとお前の助手する? 俺は自分がオペレーターやりたいの。先代みたいに、北の大地10本の指にはいるのが夢だ」


 仕事で鍛えあげた胸筋を張った。


「小さくない? 日本一くらい言わない?」

「るっせー。同業者にからかわれんのもアキアキなんだよ」


 ボーリング現場にいる女性は極めて少なく、ほとんどは元受け会社の担当だ。まれにいるチューブをドンずく個体は、社長=夫を手伝うけなげな妻。

 私は中学からバリバリ働いていた。自分でいうのもなんだけど、知らない者はいないくらい有名だ。若いおっさんから年寄りまで、ちやほやしてくれる。


「やっかんでるんだよ。女子のオペって珍しいし。ほら、わたし綺麗なほうだし」


 国崎は、「自分でいうか」と咳払いした。


「どっちにしても、こんな調子で俺の給料払っていけるか」

「うっ」


 いたいとこ衝かれた。社員に固定給を支払い続けるのが、だんだん難しくなってる。高校に入ってるから、仕事が受けられるのは土日と祝日だけ。週末だけ人材派遣で雇うほうが、現実的だ。


 退学して会社に専念したほうがいいとわかってるけど、欲張りにも、大学も行きたい。

国崎は兄貴分を気取ってるから進学に賛成。レベルはさておいて、高卒より大卒のほうが、いろいろ有利と実感してるのだ。


「な、なんとかする」

「できるかアホ」

「く、国崎ぃ」

「甘えんな」


 抱きつこうとしたが、デコピンで止められた。


「帰るわ。これから面接あんだ。あと2mだからひとりでできんだろ。無理と怪我はしねーように適当に切り上げろ。撤去は明日、手伝ってやる。それが最後だ」


 トラックから地点までは、ユニックのクレーンが届くくらい近い。ポンとすぐ設置できた。撤去くらいひとりでも楽勝だけど、手伝ってくれるというのは国崎の優しさだ。


 現場は、たまたまバスの走る路線に近かった。国崎はトラックの影で綺麗な服に着替えると、カバンを持って帰って行った。


 ボーリングマシンと櫓とその資材が置かれた現場。ぽつんと取り残されたマシンが、いつになく頼りなく思えた。


「国崎の、バカやろーっ!」


 私は、畑の真ん中で毒をさけんだ。






 受けた仕事は、深度12メートルの調査が1孔。畑の跡地にマンションを建てる。基礎は杭。支持層は固くてなくてはいけないし、5mの厚さが必要だ。それが確認できる掘進するのだ。


 過去の付近データ――柱状図――によれば、7メート付近にから締まった砂礫が続いてる。99%、その通りの土層のはずだけど、絶対100%にはならないのも土層。

 地面の下が見えない。どうなってるか誰にもわからない。たった1m離れただけで異なる場合があったりするから掘る。地面を直に掘って確かめることのできる唯一の手段がボーリングなんだ。


 0.5mごとに行う標準貫入試験―― 質量63.5kgのハンマーを76cmの高さから自由落下させてサンプラーを3cm貫入させる。打撃回数をN値という ――では、深度8メートルから、N値50を越えた。あと2回確認すれば層厚5mの条件を満たす。予定深度どおりの支持地盤だ。


 層厚が確認できたら、元受け会社の担当者に電話。担当者は設計会社に連絡し、OKがでれば、残尺と検尺――掘削した証拠――の写真を撮って終了となる。






 お昼休みが終わった。

 私は、ツナギが汚れないよう、やっけを着て、長靴を履いて、ヘルメットかぶった。エンジンキーをひねると、キュルキュルとセルモーター廻って、ディーゼルエンジンが黒煙を吐き出す。ドッドッド……。単気筒エンジンが始動した。


「どいつもこいつも。父さんも国崎も、みんなわたしから離れていく……」


 お腹に響くエンジン音は、恨み言をかき消してくれた。

 哀しくてもツラくても仕事は仕事。後ろには、5歳の弟と母親がいるし。父の代わりに食べさせないといけない。イヤになって逃げたりしたら、3人で路頭に迷う未来が待ってる。


 前向きに考えよう。国崎(あいつ)がやめれば食扶ちが減る。それだけ経営が楽になったんだ。

 溢れそうな涙をぬぐうと、軍手とゴム手袋をはめる。ボーリング孔をみれば泥水が減ってる。不足した泥水を注ぎ足して、午後の仕事をはじめよう。


 コアチューブを下ろして10.5mから50cm分のコアを採取する。それからレイモンドサンプラーを11mまで降ろして標準貫入試験を実施した。

 柱状図どおり砂礫が続いてる。混じる玉石が固いせいで打撃回数が増えてるが、砂礫は砂礫。色が暗灰。1万年以内に堆積したばかりの沖積砂礫。試験結果は、打撃回数50回で貫入深さは23cm。


「いいねいいね。あと1mっ!」


 没頭してれば、嫌なことも忘れられる。現代から数百万年もの時をかけて堆積した土を露わにする高揚感は。採取したコアは、いつだってわくわくさせてくれる。


 コアチューブを繋ぐロッド――40.5㎜ある長い鉄管――本数が、3m×3本、2m×1本になった。コア採取と標準貫入試験をあと一回づつ。トラブルがなければ、業務完了だ。


 エンジンの回転数をあげる。マシンのスピンドルに下向けの油圧をかける。スピンドルの回転は、ロッドを介して、コアチューブを回す。先端についてるメタルクラウンが摩擦熱を発生させながら、口底の土を掘り込んでる。


 ときどき、油圧を上向きにかけてスピンドルをあげてやる。こもった熱を地下水に放出するためだ。そうしないと、摩擦熱で先端が焼き付いて起こしコアが詰まる。詰まるだけで済めばいいけど、コアチューブが熱膨張して、回転しなくなることもあるのだ。最悪、ロッドが切断することも。


 それに、ここの砂礫はとても締まってるけど、含んだ地下水の量も多いだよ。浜に造った砂の城波で崩れるのと同じで、掘った孔壁は水に弱い。保護をしっかりしないとすぐ崩れる。


 ロッドが折れても、チューブが喰われる抑留事故(ジャミング)も、回収するのは難しい。あの手間は、考えただけで震えてしまう。効率よく安全に作業したいなら、ちょっとした手間が大事。


 ボーリングマシンの重さは1300Kg以上。そんなマシンの底が浮くほど油圧をかけてなきゃいけないくらい砂礫は硬かったけど、いきなり、すすーっと、スピンドルが降下した。


「んっ? まさか砂礫をぬけた? 前、この辺を掘ったとき10mは層厚あったのに」


 首をかしげてもうがない。もっと時間がかかると思ったが、とにかく12mに達した。


 そのとき敷地にいかにも現場ご用達な白バンが入ってきて、トラックの後ろに停車した。

 やってきたのは、沢渡つくみ。この現場の担当者で「平野谷地質コンサル(株)」の主任技師だ。つくみは、後部ハッチバックを開くと、満載した資材類の上からヘルメッドを取って被った。


「おつかれ雪ちゃん。国崎くんは、隠れトイレ?」


 男子は、どこでもかまわずおしっこする。私がいるときはトラックの影で。街のなかは、さすがにコンビニとかいくけど。


「つくみさん。砂礫11mで抜けた。シルトかも」

「まーさか。ここ丘陵地よ。建物だらけでそうみえないけど、どこ掘っても、20mまでは砂礫だし、層を抜けてたとしても砂層に当たる」

「なんか軟いの。チューブ上げるね」

「ふぅん……それで国崎くんは?」

「帰った」


 つくみの方をみないで言った。


「なんで!?」

「他社で面接なんだって。うち、辞めるって言ってたから」

「言ってはいたけど本気だったなんて。どうするのよ?」

「わかりません。けどこの現場は、終わらせます。ひとり作業だけどいいですよね。次から人材派遣にたのみます」

「会社は認めてないけどねひとり作業。まぁ建前だけど」

「助かります。何がでるかな」


 ボーリングマシンは2つの機能がある。ロッドを回転させながら上下に動くスピンドルと、ワイヤーを巻き取るウィンチ機能だ。エンジンの駆動力をレバーで切り換える。


 掘削孔に落とさないようロッドにトングをかけ、エンジンの伝達をウィンチ側に変更。櫓につけた滑車に通したワイヤーで、ロッドを引きあげる。

 地下11mから地上へ引き揚げたチューブを、パイプレンチをかけて、3m物ロッドから外した。


「よいしょっ」

 

 土を採取した直径66㎜の重いチューブを、半切りドラムカンに載せる。こびりついた土をブラシで擦り落とすと珍現象が。なんだこれ。


「なに? 新規の器具?」


 そんなもんないけど、疑問には同感。


「ぷよぷよした桃褐色が詰まってますね? 玉石じゃない。シルトはもっとない……」


 6年の経験を積んでるけど、こんなのは初見。

 つくみは技師になって4年。一般大学卒業だから地質の専門家ではないけど、さまざまな現場を担当してる。みたことも聞いたこともない物体だ。


「粘土やシルトは、こんな赤色してないですよね」

「洪積層のカラフルだからあり得なくないけど。半透明してないわよ。それにまだ沖積層でしょう」

「ですよね……氾濫原だから意外な礫とか玉石が、運ばれてもおかしくないけど。北の大地で採れる赤い岩盤って?」

「碧玉やメノウかな。砂礫が堆積する第4紀の層に、拳大の玉石が混じったケースならよくあるわ。でも、そのまえに鉱物は無機物。こんなつるつるグミみたいな弾力はないわよ。


 興奮してきた。私もつくみも、うるさいエンジン音に負けないくらいの大声だ。


「こ、こ、これは……遺跡? 土質から年代は紀元前1万年より古いって仮定できるから

 大発見ってこと……ううん。ちがう。1万年前なら縄文文化だし、北の大地でも11,801カ所の遺跡が確認されてる。なかには約3万年前のもある。でも赤い色の遺跡ってみたことないから、やっぱ大発見!? もう、わからなくなってきた」

「冷静になって雪水ちゃん! おちついて!! 会社の先輩に聞いてみる……から?」


 紅い物体はぶよよんと揺れて、ハマっていたチューブから地面に落ちた。ゲームのスライムみたいにぶよんぶよん波打つようにゴム板の上を転がって、すぐに停止した。

 じぃっと見つめてると、とつぜん物体が光りだす。


「う……ひ、光っ眩しい?」


 強烈な眩しさ。半眼になって手をかざした。

 つくみも目を閉じて後すざってる。安全シューズのかかとをチューブにひっかけた。尻もちをついたけど、声が出せないようだ。たしかに騒いでる状態じゃない。

 私が退がると彼女も、後ろ手でクモみたく這って下がった。


 紅い物体は光りながら膨張していった。



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