1章02 雪水の苦悩
月曜日の放課後。
私は加藤に、封筒にいれたアルバイト代を渡した。
「土曜日はありがとう。少ないけどこれ」
加藤は朝から、うつむいたきり。席は近いのに一度も視線を合わせてくれなかった。ちらっとみてから、「ごめん。うけとれない」とぼそりとつぶやいた。働いてもらった、というか時間を拘束したんだからね。受け取ってもらないと困る。封筒をポケットの中へ挿しこんだ。
「お前の気持ちはよーくわかる」
「加藤。おれたちは仲間だ」
そこに男子が6人、集まってきた。加藤の肩に腕をまわして慰めの言葉をかける。みんな私に告白して、半日もたなかった男子たちだ。
「おまえら……ぼ、ぼくがんばったよ」
「心ゆくまで聞いてやる。カラオケで歌って騒いでぱーっと忘れろ お前のおごりで」
窓の枠の手をかけて、過去を懐かしむように「あのころの俺は若かった」と、遠くの山を眺めた。もしかしたら、リベンジする子がいる?
「キミたち、誰か、週末時間あるかな?」
「さ、……さて行くとするか加藤くん?」
「う、うん……、さよなら岩堀さん……いてて」
誰ひとり目を合わせくれない。嫌われてるんだ私。
筋肉痛で立つのもやっとの加藤を抱えて、教室を出ていってしまった。
告白
↓
土日で破局
↓
月曜にバイト代を渡す
↓
被害者たちがなぐさめる
これは、告白から結末までの一連の流れ。2年の歳月がつくりあげたルーチンになっていた。もちろん、私が望んだことではない。
「……さよなら」
彼らの背中を見送ると、ほうっと息を吐いた。
学校があるから、週末しかボーリング仕事ができないけど、社長の仕事に休みはない。今日は、来週の打ち合わせと請求書の作成。ぐずぐずしないで帰ろうとカバンを掴んだ。
土曜日の内容をふり返った。加藤にやらせた作業だ。昨日も一昨日も思い出して、悪い点を挙げようとしたけど、ひとっつも思いあたらない。考えても考えても、やってもらった仕事は、カンタンな作業ばかり。
具体的には、鋼鉄のチューブに入った採取した土を出す。たいした力もいらない。年季のいる複雑な作業はすべて、3年目の助手、国崎がやっていた。本当に初歩の初歩しかさせてない。なんでみんな、音をあげるんだろ??
「ばいばい」
「じゃあね雪水」
掃除当番の友達に手をふって、教室をでた。
雪水は考え違いをしていた。
コア出しとは、コアチューブから採取土を出す作業だが、チューブが鋼鉄で重い。
まず掘り始めに使われるコアチューブは長さ50cmの直径114㎜。重さは、本体だけで7㎏あり、上部に装着されたカップリングだけで4.6㎏。合計は11.6㎏にもなる。
それだけではない。ロッドと呼ばれる40㎜の鉄管、先端で土を抉るメタルクラウン。そしてチューブの中に、掘りあげた採取土が、これでもかといくらい、圧縮されて詰まっているのだ。
コアを出すにはありったけの筋力がいる。持ち上げたチューブを、敷いた厚ゴムに叩きつけて、反動で取り出す。一度で出ることはあまりない。何度も何度も持ち上げては落とし、詰まった土が全部でるまで繰りかえす。
難易度はコアの質で変わる。さらっとした砂ならカンタンだが、粘着する粘土だったりすると、チューブにへばりついて落ちてこない。そういうとき、中腰で抱えながら、ハンマーでぶったたく。鉄を鉄で叩く音は衝撃的で、キーンという耳鳴りがする。
コアをだす際はロッドとカップリングは外すので、そのぶん軽くなる。たいした気休めにならない。
雪水は、長年の習慣でチューブと呼んでるが。コアチューブは中央の鋼鉄管のみをいう。カップリングとメタルクラウン等を組み合わせた完成状態は”コアバーレル”という。
半分に切ったドラム缶がふたつ。片方には泥水で、片方は清水が満たされてる。清水のほうに置いて、土まみれのチューブの汚れをブラシで落とす。外したロッドとカップリングを接続し、掘削に使える状態に復旧させる。
ここまで作業の導入部で最初の一歩。オペレーターがボーリングマシンを操作し、地表から50cmの土を掘った後の、助手の作業だ。
チューブの種類は多々あるが、たいてい、深度2メートルになると、長さ1m直径90㎜のモノに換える。50cmごと、打撃と採取を兼ねた掘削――標準貫入試験――を組み合わせる。
10メートルなら、最低10回を。50メートルなら50回以上繰りかえす。これが基本。”無水掘削”と呼ばれる工法だ。もちろん、調査目的変われば、工法も変わる。
そして前述のとおりボーリング作業は汚れる仕事。かならず泥だらけになる。腕力に自信をもってる人が、”汚い”に耐えられず、辞めてしまうこともある。
「気に障ること、言ったのかも」
そう思うのは見当ちがい。ボスを倒した経験者にとってスライムは雑魚。初心者には雑魚ではない。それなりに苦戦する。武器や防具を装備してなかれば、負けることさえある。雪水は鼻歌まじりで楽勝で中ボスを倒せた。それだけのことだ。
「132人か……」
だますつもりはないけど、告白してきたひとに仕事させるのはグレーなんだよね。
でも普通、1人でやってる助手の仕事だよ。
加藤にやってもらったのはその、さらに助手。仕事の密度でいえば30%もないくらい。かんたんなお仕事。難しいことを押し付けたわけじゃないのに。どうして、みんな……。
「まだ国崎がいる。彼のためにも、めげてなんかいられない。うん。がんばれ私」
「岩堀せんぱい。好きです僕と付き合ってください!」
昇降口で外靴を履き換えようとしてると、1年の男子に声をかけられた。決死の形相で手をだしてる。よし切り換えよう。卒業まで月日はあるし大学でもチャンスがあるかも、もしかしたらこの子がそうかもしれないし。
「いいよ。土曜日、空いてる?」
私は133人目の手を握った。