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1章01 それは眼鏡のオトメだった


 そのクラスには、とってもとっても、もてる女子生徒がいた。男子の告白が絶えない伝説さえ生まれた。


 仲のいい友達によれば、初めての告白は入学した2日目。部活紹介にやってきたイケメン3年生が、付き合ってくださいと告げたのが最初だ。


 女子は眼鏡をかけていた。癖のないロングの髪をひとつにまとめ、ポニテにしていた。均等のとれたアスリートのスタイルは、制服を着ていてもわかる。可愛い笑顔は女子でさえ魅了した。


 女子は告白を快諾。週末に合う約束をした。新入生発になる初公認カップル成立かと思われた。

 開けた月曜。カップルは誕生しなかった。女子はちょっとガッカリしていたが、同じ笑顔で通学していた。


 先輩男子は、死んだ目をしていた。なぜ付き合わなかったのかと聞かれて、薄く嗤いを浮かべただけという。


 その後も女子への告白はつづいたがカップルにならなかった。女子はかならず合う約束をした。とうぜん男子は喜んだが月曜には暗い眼になった。


 例の女子を射止めるのは誰が。2学期が終わるころになると、告白数は倍増する。モテる男子たちは目の色が変え、威信にかけて口説き落とそうと躍起になった。サッカーのエース。バスケのエース。将棋のエース。金持ちの御曹司。生徒会長。eスポーツ優勝者。イケメン。


 各々のトップ走者が告白の列をつくった。授業中に乱入したり、プールの着替えを襲撃したり、奇をてらった男子もいた。もはや、一種の競技と化していた。週末に合う約束はするが、それを乗り越えた男子はいなかった。起こったことを語ることなく、敗残の兵士として舞台を降りた。


 他の女子たちは冷めた目で見ていた。好きだった男子の玉砕したことでイジメた女子もいたが、すべて淡々とかわし、平然と笑顔を浮かべるばかりだった。


 2年になると、他校からも告白の男子がやってきた。やはり付き合うことはなかった。

 そして3年の春になった。





「岩堀雪水(ゆきみ)さん。一年のときからずっと好きでした付き合ってください!」


 どよめきがクラスに走った。岩堀雪水(ゆきみ)が誰とも付き合わないことは、同学年において常識。太陽が西から昇らないレベルの社会通念。なのにいまさら、同じクラスの男子が告白した。


「加藤だ。あいつ、ヒマなのか」

「ほらきっと次の繋ぎでしょう。10日くらい告白がないし」

「そういやそうだな……って、なんの繋ぎだよ」


 加藤は両手を差し出した。岩堀雪水(ゆきみ)は、いつもしてるように手を握った。


「ありがとう加藤君。ずっと同じクラスだったけど、あまり話したことなかったよね。つぎの週末はどう。予定は空いてる?」


 何人かの男子が頭を抱える。過去に告白した男子たちだ。「あの洗礼を受けるのか」と、生暖かい同情の目を加藤にむけた。岩堀雪水(ゆきみ)が半眼で見たので、みんな視線を外した。


「あいてる、あいてるっ」

「じゃあ朝の7時に、うちの前まできてね。電話番号と住所はこれだけど、わかるよね。分からないならキミの住所を教えて。向えにいくから」


 慣れた手つきでカードを渡した。女子らしいゆるキャラが描いてある、岩堀雪水(ゆきみ)の名詞だ。


「あ、ありがと、でもそんな早く?」


 週末に合うとは聞いていたが、メルアドや電話番号が交換できたのは大収穫。加藤も電話番号を教える。床から浮きあがりそうになったが、待ち合わせが早朝なのが不思議だ。どれほど遠い場所でデートするんだろう。


「むり、かな?」

「……いや、行く行く。絶対に行く!」


 遠くで遊ぶといえばルスツかと、勝手に思い込む。料金が高そうなので、あとで調べようと決めたが、次の言葉で唖然となる。


「よかったー。動きやすい服装で来てね。あと、お金はもってこないで。失くすといけないから」

「え。え? でもいろいろかかるんじゃ」


 入園料については無料券があるとしても、ほかにもお金はかかる。バスに乗るなら交通費だ。家の人が送ってくれたとしても、一日食べないってことはない。最低限、食事代はかかる。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ぜんぶ手配するから気にしないで」


 そうか弁当だ。手作りの弁当を用意してくれるんだ。

 加藤は、ニヤケていく顔を停められなくなった。


「それなら……うん、わかった」

「じゃあ7時に。まってるから」






 土曜になった。加藤は今日のことを思って、なかなか寝付けなかった。もらった住所を地図アプリで何度もチェック。ナビ機能によれば5.3㎞。歩いて1時間15分。自転車なら20分もかからない。うとうとしてるうち、5時にセットした間覚ましアラームが鳴った。布団から這いでると、着ていく服と持ち物を、もう一度、見直した。


「動きやすい服装……お金はもっていかない……ガチでいいのか?」


 念のため1000円札をポケットに忍ばせ。昨夜、つくり置いてもらったサンドイッチを頬張って家をでる。雪水(ゆきみ)の家には6時半に着いた。そこには、トラックが止まっていた。


 トラックはクレーンの着いたユニックと呼ばれてるものだ。見慣れない鉄性の機械が積まれてて、ドラム缶が2本あるのが目についた。なんの燃料だろう。宅配便にしては妙な荷物だと考えたが、そこで、引っ越しという可能性に思いあたる。


「騙された! 僕を手伝わせる魂胆だっ」


 何人か男子が妙な顔をしてたのは、そのせいか。


 玄関からひょっこり、イエローのツナギを着た女子が出てきた。岩堀雪水(ゆきみ)だ。眼鏡はしてない。髪は畳んでいるというか……2つのお団子にまとめあげてて、とても似合っていた。


「おはよう加藤君。早いねっ」

「あ、うん。岩堀さん、これって」

「ユニック車ね。これでいくの。3人乗るから狭いけど、現場は近いからがまんしてね」


 現場という言葉がひっかかったが、引っ越しの手伝いではなさそうだ。ホッとすると、トラックの窓が開いて、20歳くらいの男が顔をだした。


「雪水ーそろそろ出るぞ」

「あ、うん。5分だけまって……」

「急げよ。高速までが混むから」


 親し気な空気だ。兄だろうか。

 雪水は、持っていた大きな作業袋を開く。中のものを加藤にみせた。


「これ、加藤君の分。長靴と……作業服はツナギとセパレート両方もってきたから、好きなほう着て。それとヘルメットも。荷台に乗せておくから」

「へ、ヘルメットぉ?」

「わたし、ボーリングの仕事を手伝ってほしいの。あ、バイト代はでるよ。お昼ご飯も持ってきてるから。母さんの手作りのお弁当。ほら乗って」


 トラックの左側、雪水は錆のういたデカいドアを開けて、ステップに足を掛けて乗り込む。加藤が続いて乗る。父親の運転する乗用車と違って座席が高いから遠くまで見通せる。バスの最前列のような視界に感激した。隣りの雪美は身体がくっついていい匂いがする。ワクワク気分の加藤を乗せてトラックは出発した。


 街を外れて南下する高速道路に乗った。30分ほどして千歳空港と書かれた緑の看板で降りる。この道の行き先は知ってるが、空港に行くつもりじゃなければ、娯楽なんかない。そもそもルスツは西側。高速に乗るとにコースが逆だ。


(どうみてもデートじゃないよな。バイト代? 社長? どこに連れていかれるんだ)


 聞きたいことは多かったが、起こってる出来事が想定とかけ離れすぎる。もしかすると自分はまだ寝てて――頬をつねると痛かった――現実とは思えなく、戸惑うしかなかった。JR千歳空港駅を通り過ぎて5分後。左に曲がって右に曲がって道路の終わりに到着した。


「ついたよ。担当者は……いたいた、沢渡さぁーん! ごめん降りたい」

「あ、ああ」


 真ん中の座席にいた雪水がシートベルトを外した。加藤が先に降りないと雪水は出られない。シートベルトを外して席を空ける。雪水は元気よく飛び降り、手をふって走って行った。


「132人だ」


 ふいに、運転していた男がつぶやいた。なんの数字だ。分からないが「はい?」と反射的にき聞き返した。


「連れてきた男の数だよ。雪水ってすげぇモテるのな。おまえで132人目」


 加藤は驚かない。同じ学年で告白をみていた。そんなものかと感心する。


「バイトって言ってましたけど、彼女だましたんですか」

「そうともいえるけど、そうとは言い切れない」

「謎解きですか」


 雪水は、沢渡が持ってきた用紙をみながら話しこんでる。沢渡という女性は、建築現場にありそうなパリッとした作業服で、ヘルメットを被ってる。


「雪水、社長なんだよ。先月、先代が亡くなって後を継いだのさ」


 いわれて加藤は、雪水が忌引で休んでいたこと思い出した。近い親戚の葬式くらいに思っていたが、それが父親だったとは。しかもJKがいきなり社長って。大変さとツラさは想像もできない。明るく気丈なふるまいが、健気で痛々しいものにみえてきた。


 でも。この話ってどこに繋がるんだ? 兄貴に、モテぶりを自慢してたってのか。いやまて。兄妹なら、ふつう、兄のほうが事業を継ぎそうだけど。


「いま社員は俺だけだ」

「社員ですか」

「ああ。ほかはみんな辞めた。65過ぎの高齢ばだかりから仕方ねぇが。あいつは中学のときから、仲間を集めようと頑張っていた。学校の友達を連れてくるのは、婿候補の試験みたいなもんだな」

「へぇ、婿候補」

「全員失格したけどな」


 僕の前に告白した131人がみんな、こうしてバイトに呼ばれたってことか。なるほど。話がずれてる理由が分かった、でも。告白した男子が全員が暗く沈んでた意味がわからない。たかがバイトと、婿候補試験くらいで。


 ん?


 数秒の思考。反芻した言葉のなかの重要キーワードに、遅れて気づく。


「な、な、な、む、婿候補ぉ!!!!!???」

「びっくりしたっ! 驚くの遅いっ!」

「なんですかそれ、僕、結婚するんですか」


 加藤は男の胸ぐらをつかんで迫った。


「手ぇ放せ、暑苦しい、離れろ。そして落ち着け」

「す、すみません、つい」


 雪水が駆けてきた。打ち合わせが終わったのだ。よくわからないけど、仕事人の目をしてると加藤は思った。


「国崎、悪路だけど道なりに進めそう。ポン置きでちょい自走かな、とりあえずいってみよう」

「何を言ってるかわからないけど。婿候補か」


 加藤はトラックに積まれた機械を見つめた。ボーリングは球技でなさそう、なにをするのか知らない。女子の雪水ができる仕事だ。男の自分にできないはずがない。それにこの先、彼女のような美人と付き合えるチャンスは巡ってこないかもしれない。


 加藤は、気合をいれた。ボーリングとやらにチャレンジしよう。決心した。


「やってみます」

「お、いい眼になったな」







 2時間後。加藤は音をあげた。


「む、むりです……すいません。帰らせてください。ごめんなさい」


 仕事は始まったばかりだというのに、身体がいうことをきかず、動けなくなった。送ります、という沢渡に意地をはる目は猟銃で撃たれたヒグマのようだった。


 よろめきながら歩いた。腕も足も腰もそのほかぜんぶ筋肉痛。踏み出すたび身体じゅうが痛くて、歩みがのろい。わりと近い駅まで、一時間と10分かかった。1000円札が役に立った。



新作です。ボーリングは馴染みの薄い職種ですが、読んでいただければ嬉しいです

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