結婚式と筆頭魔術師就任記念式典 1
さて、人生の一大イベントとは何だろうか……。
結婚式はもちろん人生の一大イベントに違いない。
けれど魔術師にとって、筆頭魔術師に就任するというのは、一国の主になるくらい大きな出来事だ。
もちろん、国にとっても、大陸全土にとっても、国王より時に強大な権力を持つ筆頭魔術師が代替わりするというのはあまりに大きな出来事だ。
ましてや、永きにわたりレイ・フールがその座に君臨していたため、筆頭魔術師就任記念式典は百年以上の間行われていなかったのだ。
アルベルト・ローランドの筆頭魔術師就任記念式典は、大陸の歴史に残る壮大な式典になるだろう。誰しもがそう思っている。
だから、私の意見はごく一般的で常識的なはずだ。
「ねえ……! 筆頭魔術師就任記念式典を優先させましょうよ!」
「いやだ……! 俺は一刻も早くシェリアと結婚式が挙げたい!!」
――筆頭魔術師には、変わり者が多いという。
学生時代の私にとって、アルベルトはけんかする間だけは近しい人だったけれど、学業、礼儀作法、魔術、人望、血統、その他諸々含めてあまりに完璧な人だった。
けれど、今私は実感している。
(この人も、間違いなく筆頭魔術師になるべくしてなる人だわ! フール様と同じ側の人だわ!?)
アルベルトが我が儘を言ったことがないのだと、ローランド侯爵家の人たちはみんなその意向を汲もうとするし、筆頭魔術師をまだ諦めきれない周囲の人たちも結婚式を先にさせてなんとかアルベルトの就任を先にしようと画策するし……。
アルベルトは、筆頭魔術師就任を目前にして寝る間も惜しんで働いている。
その合間に、結婚式の準備も強行している。
いっそ、就任式が落ち着いてからゆっくり結婚式を挙げれば良いと思うのは私だけなのだろうか……。
図書室でたくさんの本を積み上げながら、私は一緒に作業してくれている友人に声を掛けた。
彼は膨大な王立魔術院の蔵書を目録にする作業をここ何か月も延々と行っている。
「ねえ、ディール。私、どうしたら良い?」
「傷心の俺に幸せカップルの惚気を毎日見せつけておいて今さら何だよ……」
「そうだったわね。初恋が破れたのだったわね……」
「はっきり言うな!」
レイラ様に思いを寄せていたディールは、失恋の痛手がまだ癒えないようだ。
けれど私たちを手伝ってくれるし、心配してくれるし、アルベルトを窘めてくれるし本当に良い人だ。
(良い人過ぎる……)
自分だってフィブランシア伯爵家の家督をもうすぐ継ぐ身として忙しいのに良い人過ぎる……。彼に幸せな出会いをと心から願ってしまう。
「この際、結婚式を先に執り行ってしまえば、アルベルトも大人しくなるんじゃないか?」
それも考えなかったわけではない。結婚式を質素に執り行って、そのあと筆頭魔術師就任記念式典を執り行えば良いのではないかと提案したのだ。
『……大陸の歴史上で一番の結婚式にするに決まっているだろう』
アルベルトの返事はこうだった。
そもそも、私には友人が少ないし、レイラ様は駆け落ちしてしまって友人がますます少ないし、庶子の私は家族は疎遠で結婚式に呼ぶような関係でもない……。
(あ、なんだかへこんできた)
だから、それほど結婚式にこだわりがない私と、こだわりの強いアルベルト。
結局、こだわりの強い方に軍配が上がるのが世の常だ。
そんなわけで、今私たちはただでさえ忙しいのに結婚式と式典の二重の準備でますます忙しく過ごしているというわけだ。
「……ディール。そういえば友人代表のスピーチお願いするわ」
「そういえば、で済ませるなよ……。国王陛下と序列魔術師達が参加するような結婚式でスピーチなんて荷が重すぎる!」
そんなことを言っても、私たちは友人少なめなのでこれは決定事項なのだ。
猛特訓をして、さらに結婚式に招かれた令嬢たちと素敵な出会いをしていただきたい。
「……二人とも仲が良さそうだな」
私たちが、王立魔術院図書館の蔵書整理をしていると不機嫌極まりないアルベルトが現れた。
「アルベルト……! おかえりなさい!!」
走って行って抱きつくと、少しよろけたあとにアルベルトが嬉しそうに笑った。
本当に可愛らしい人だと思う。
二人の指には先日取りに行ったお互いの色合いの指輪が輝いている。
アルベルトの指には濃い青色の宝石をあしらった指輪。
私の指には金色の宝石をあしらった指輪がはめられている。




