新たな筆頭魔術師 2
「今日こそゆっくり休んだ方が良い……」
「アルベルトこそ、もう何日寝ていないのよ」
「三日……いや、それ以上か」
「少し寝てきた方が良いわ」
フール様が抜けた穴はあまりに大きかった。
アルベルトは魔術の天才だと思っていたけれど、長い期間筆頭魔術師として君臨し続けていたフール様の抜けた穴を埋めるのは並大抵ではなかった。
「こんな時に限って、大型魔獣が大量に発生するとか」
「でも、なんとか討伐に成功したわ」
「……デルフィーノ公爵家は、なぜ協力せずに邪魔してくるんだ」
「ローランド侯爵が政治的になんとかしてくれたじゃない」
「父上に感謝……だな」
結婚の約束をした私たちだけれど、事態の収束に手間がかかってしまい結婚準備どころではなくなってしまった。
闇魔法をまだコントロールしきれていない私は、未だに過去の映像を見ることと、魔術本を闇の魔力は劣化させないということを発見して本が見放題、調べ放題という程度にしか役に立たないでいた。
(王立魔術院……あまりに強大な権力を持ちすぎだわ)
フール様が次期後継者として私たちを指名し、アルベルトを副筆頭魔術師にしていたおかげで大きな混乱はないものの、事態の収束にはもう少しの時間がかかりそうだ。
そんな折、真っ白な封筒に薔薇の香りがする手紙が一通私たちの元に届いた。
そこには、あっけらかんとした雰囲気で元気に暮らしているという内容の文章がごく簡素に流暢な字で書かれていた。
「……フール。次会ったらただではおかない」
アルベルトが手紙をグシャグシャに握りつぶしそうな雰囲気だったので、慌てて取り上げる。
私はその手紙をそっとあの小箱が収められていた初代筆頭魔術師の部屋にある机の引き出しに忍ばせた。
できる限り長く、二人が今度こそ一緒に幸せに過ごせるように願いを込めて。
「ところで、ようやく筆頭魔術師に決まりそうだ」
「そう、ようやくね?」
「これからもっと忙しくなるだろう……。悔しいが、まだフールの足元にも及ばないことを痛感しているから」
「……ふふ。アルベルトならできるわ」
「君がそう言うと、そんな気がしてくるから不思議だ」
まっすぐ見上げれば、金色の瞳が幸せそうに細められた。
二人して髪の毛はボサボサだし、目の下に隈が濃くてひどい有様だけれど……。
「筆頭魔術師になったら、結婚を申し込むつもりだったんだ」
「……もう申し込んで貰ったわ」
「そうだな。そんなことにこだわらなければ、こんなに遠回りすることはなかっただろうけど」
アルベルトは、私を連れて序列三位の部屋へと向かった。
そこにはあいかわらず目を覆いたくなるような私の珍作品であふれかえっていた。
(うう……。しかもあれは最近作った魔石を使った腕輪じゃないの……!!)
私には学習能力がないらしい。
土の魔力を含んだ粘土と銀の粉を混ぜ込んで焼き上げ、そこに魔石をはめ込んだ腕輪。完成したときにはよくできたと思ったのに、よく見れば古代に作られた土器のような雰囲気でとてもつけられたものではない。
(宝箱にしまい込んでもらえて正解かも。毎日手首につけられたら恥ずかしさで毎日穴があったら入りたい心境になるに違いないもの!!)
「結婚式にはこれをつけて……」
「やめて!?」
そっと指先でその腕輪を撫でたアルベルト。
アルベルトの目は完全に曇っているに違いない。
もしかすると、アルベルトの美的センスを完全に破壊してしまったのは私なのではないかと心配になってしまう。
(ううん、アルベルトは服のセンスは良いし、アクセサリー選びも完璧だし、私の作品を見る目が曇っているだけ……!!)
「そういえば、我が家の宝物庫にあった土器と似ているな……」
「……私と同じ感想持つのやめてくれる!?」
アルベルトとの会話はとても楽しい。
こんなふうに構ってもらうのを学生時代もいつだって楽しみにしていた。
今ならそう思う……。
「とりあえず、指輪が出来たはずだ。取りに行こう」
「……いつのまに」
「最高の職人に作らせた。この土器は他の人に見せたくないから……」
「絶妙に貶してくるのやめて」
「それくらい俺にとっては宝物って事だ」
褒められているのか貶されているのか判断に苦しむけれど、嫌な気持ちにならないのだから困ったものだ。
アルベルトと私は、学生時代いつもケンカばかりしていたけれど、とても楽しい時間だった。
「……でも、少々限界だな」
「そうね。今日までの分の仕事はなんとか終えたわよね」
「そうだな。君がいるから頑張れた。感謝している」
「そうね……。私も」
アルベルトがくれる指輪はどんなデザインだろうか。
力尽きた私たちは、図書室の緑色のソファーに折り重なるように倒れ込んだ。
魔力を失った私は、こうしてずっと大好きだったけんかばかりしていたクラスメートとハッピーエンドを迎えた。
アルベルトが筆頭魔術師になり、私たちが夫婦になるその日までもう少し物語は続くのだとしても。




