記憶と時間 1
出されたのは、香り高い紅茶だ。
それは、かつて王立学園で学友だったレイラ様と一緒に飲んだ紅茶と同じものだ。
「……懐かしい」
「そうね」
「……レイラ様?」
「……」
紅茶の飲み方も、所作も、声も、顔も、何もかもがレイラ様だ。
それなのに、どうしてこんなにも違和感を感じるのだろう。
魔力だって変わらない。それなのに、以前よりもずっと強い魔力を感じる。
紅茶を優雅に飲んで、レイラ様が口を開く。それすら今までと変わりないのに。
「……あの部屋、どうだった?」
「……不思議な部屋でした」
「過去を見たのでしょう?」
「はい……」
「何を見たのか、教えてくれる?」
まっすぐに見つめれば、あのころと変わらないエメラルドグリーンの瞳がまっすぐに私のことを見つめていた。そう、レイラ様はいつだって高い場所に一輪咲く花のようでありながら、私にそっと手を差し伸べてくれたいた。
だから彼女の根本に変わりはないのだろう。
それでも、彼女が変わったように思える理由は……。
(初代筆頭魔術師の記憶……)
「……始めに見たのは、アルベルトが筆頭魔術師になると宣言している場面でした」
「そう……。まあ、ローランド侯爵家の嫡男であればそうでしょうね」
「……まるで、私のために筆頭魔術師を目指しているみたいでした」
「そうね。彼が欲しいのはあなただけだもの」
その言葉を今は否定できない。
どうして私なんかが欲しいのかという疑問は解消されないのだとしても。
「……それで、見たのはそれだけ?」
「いいえ、次に見た映像はセピア色をしていました。初代筆頭魔術師様と、フール様の映像でした」
「そう、そんなに劣化するほどの時が流れたのね」
「時が劣化するのですか?」
「……というより、奥深くにしまい込まれて再生するのが難しくなる、といったところかしら」
さきほど描いた魔法陣を思い浮かべながら、香り高い紅茶を口にする。
すでに冷めかけたそれは、先ほどまでの香りが失われてしまっている。
「……あなたは誰ですか」
失礼な質問だと思いながら、どうしても聞かずにはいられずに口にする。
目の前のレイラ様は、紅茶を飲みきってカップをテーブルに置いた。
「……見た目はレイラ。知識と記憶はレイラと初代筆頭魔術師ミリア。魔力はレイラ、魂には名前はないわ」
「……結局誰なのですか」
「人は多くのもので構成されているから、何かなんて誰かが決めたものでしかないわ。あなたにとって、私が誰なのかが大事なのでは?」
「レイラ様……。あなたにとって自分とは何なのですか?」
「私はレイラよ。たとえ、昔の記憶を思い出して、それがとてつもなく有用で、そのときに好きな人がいたとしても、今の私はやっぱり私のままだから」
レイラ様が言うことは難しい。
けれど、やっぱり自分がレイラだと言い切る彼女は私の知っているレイラ様のままでもある。
「……私たちはこれからも友達ですよね?」
「そうね。ところで、あなたと友達になったことなんてあったかしら?」
ウルウルと見つめていると、大げさなほど長いため息をついてレイラ様が口の端を歪めた。
「うそ。そんな顔しないで。あなたは、前の人生から含めたって初めての大事な親友だわ」
「……レイラ様!」
「だから、その顔やめてもらえる?」
レースで縁取られた高級そうなハンカチを惜しむことなく、私の鼻を拭いてくれるレイラ様。
学生時代の一場面が再現されたようだ。
「……レイラ様は、フール様のことをどう思っているのですか?」
「……レイラはフールに憧れていたわ。でも、憧れというより今は……」
「今は?」
「私がいないとダメみたいだから……。駄犬に絆されてしまったという気持ちでいっぱいよ」
フール様との出会いを振り返る。
たしかに、フール様は筆頭魔術師という偶像を通して見ていたときとあまりに違う。
(でも、きっと誰もがいくつもの自分を持っているのよね)
私は黙って立ち上がった。
「レイラ様。ごちそうさまです……。また、この部屋に来ても良いですか?」
「ええ。もちろんよ? ところで一つだけお願いがあるのだけれど……。叶えてもらえるかしら」
レイラ様にはいつもお世話になるばかりで、私が出来ることはほとんどなかった。
嬉しくなってしまって口の端を緩めると、レイラ様が少しだけ視線を伏せた。
「初代筆頭魔術師の部屋から、持ってきて貰いたい物があるの」
「もちろんです! 何を持ってくれば?」
もともと、あの部屋の物は初代筆頭魔術師様の物だ。
つまり、急にあの部屋を与えられた私よりレイラ様の方が持ち主に相応しい。
どんな大きくて重いものでも持ち出すという気合いいっぱいで頷く。
「机の引き出しに、小さな箱があるから……。それを持ってきてもらえないかしら」
「他には?」
「この体は水属性だから、持ってきてもらっても使える物がないのよ」
闇属性は他の属性の魔力と相容れない。
だから、今あの部屋の魔道具を使うことが出来るのは私だけに違いない。
「……わかりました」
早速持ってきてしまおうと扉に向かう。
「いってきま……わぷっ!?」
「……わ!? 飛び出してくるなんて、危ないな」
扉を開いて部屋から飛び出そうとした私は、ノックしようとした体勢のまま立ちすくむフール様にぶつかってしまった。
『ふぉんっ!』
そして、それと同時に尻尾をブンブン振りながらすっかり黒い色を取り戻したフィーが飛び込んできたため私は完全に体勢を崩し尻餅をついてしまったのだった。
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