溺愛 1
アルベルトからの求婚を受け入れた私。
だからといって、何かが急に変わるわけではない。はずだ。
ローランド家の食卓はいつも温かいし、図書室の蔵書は最高だし、私に用意された部屋はなぜか最高に私好みだ。
マスターキーにつけられた高純度の魔石には、定期的にアルベルトが魔力を込めてくれる。
もちろん節約しようと思うけれど、あまりに減っていないとアルベルトが不機嫌になってしまうので必要な分はちゃんと使うことにしている。
(平穏な毎日だわ。たったひとつをのぞいて)
まだ、学生時代の関係から抜け出せない私と、言葉を隠すことがなくなったアルベルト。
その関係は、誰からも明らかにアルベルトが私のことを溺愛しているように見えるだろう。
「っ、アルベルトお帰りなさい」
「……う、嬉しいな。シェリアに出迎えてもらえて」
「っ……!?」
少しつっかえながら告げられた言葉に心臓が飛び出しそうになる。
学生時代の私たちは、喧嘩してばかりだった。
当時ならこんな会話が繰り広げられたに違いない。
『おかえり、アルベルト』
『なんだ。無駄に待っていたのか……さっさと寝ろよ』
『なによ! アルベルトの脳内には感謝の言葉は存在しないのかしら!』
そう、でもそんなやり取りを密かに楽しんでいた。
「だからといってあまり無理するのはダメだ。先に休んでいていい」
もしかして、あのときも言葉の裏側は私を気遣ったものだったのだろうか……。
それならば、と私も少しだけ勇気を出してみる。
「……帰りを待っていたかったの!」
「はあ、まさか当時も言葉の裏は……って、期待してしまうからやめてくれ」
「きゃっ!?」
次の瞬間、勢いよくお姫様みたいに抱き上げられていた。魔術師は何もかも魔術を使って行うことが多い。だから、こんなにも筋肉質だなんて意外だった。
微笑ましいものを見るような使用人たちの視線。
特に執事長のビブリオさんなんて、目頭にハンカチを当てている。
そういえば、私に求婚したことをアルベルトが告げたとき屋敷内がお祭り騒ぎになったのはなぜなのだろう。
普通であれば侯爵家嫡男に没落伯爵家の庶子が求婚されたりしたら『どんな手を使って我が家の大事な後継者を籠絡した!』くらい言われそうなものなのに。
抱き上げられたままの私に、いつの間にか玄関に来ていたジルベルト様が声をかけてくる。あとからミラベル様も現れた。
「姉様……。こじらせているんだ。わかってあげてね?」
「え? こじらせ……? それはいったい」
「余計なこと言うな、ジルベルト!」
「完璧すぎて遠い存在に思えていた兄様に、最近は親近感と微笑ましい家族愛しか感じない」
「おやめなさい、ジルベルト。お兄様のようやく実ったこじらせ初恋の邪魔をしてはいけないわ」
「くっ……!」
ミラベル様の言葉の方が胸に刺さったらしいアルベルトが低い呻き声を上げた。
ジルベルト様が、紫色の瞳を意地悪げに細めた。いたずら好きな彼は、たぶんあとでアルベルトを揶揄うつもりなのだろう。
アルベルトは、私を抱き上げたまま、図書室まで全速力で走り去ったのだった。
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