卒業式 3
銀色の光が胸元を突き抜けていった。
痛みよりも、体を巡っていた何かが音も立てずに消えていく感覚に思わず手を差し出す。
倒れ込む私の視界に映るのは、青みを帯びた黒が白銀へと色を変えていく不思議で美しい光景だった。
(まるで雪みたいに美しいわ)
キラキラと輝く白銀は、まるで朝日が照らす白銀の世界のようだ。
「シェリア……っ!!」
(誰かが呼んでいる)
膝をついた私を支えて、誰かが強く抱きしめてきた。視界の端で周囲が黄金の炎に包まれていく。
その炎はまるで私を抱きしめる主まで焼き尽くしてしまいそうだった。
瞳の色と同じ黄金の炎は、アルベルトが得意とする攻撃魔法だ。
けれど、その勢いはあまりに強くて、もうろうとした意識の中で、彼を止めなくてはと必死に手を伸ばす。
「……アルベルト、だめ」
「……っ、シェリア!」
私が倒れてしまったから、動揺したのだろう。
大丈夫という気持ちを込めて、アルベルトの頬にそっと手のひらを当てる。
ポタポタと私の頬にこぼれては流れ落ちていく雫は、雨というには生温い。
あとから聞いた話では、アルベルトが放った魔法は、犯人を跡形もなく消し去り、卒業式の会場だったアリーナは大改修を余儀なくされたという。
――そして私は、生きたまま魔力を失うという希有な存在になった。
***
療養期間は1週間。
検査という名の実験をたくさんされたけれど、結局わかったのは傷は塞がりつつあることと、私の魔力は完全に消えてしまったということだけだった。
鏡の前に立ち、様変わりした姿を見つめる。
白銀の髪にアイスブルーの色素が薄い瞳。
髪や瞳に魔力は現れる。
これだけ色素が薄い人など、一度だって見たことがない。
街を歩けば好奇の視線に晒されるだろう。
そのとき病室のドアが開いた。
1週間の安静を余儀なくされたせいで立ち上がるとふらつく。ベッドから降りることなく、視線を向ける。
「……アルベルト、久しぶり」
「シェリア」
キッチリとしたジャケットを着て現れたアルベルトは、酷く憔悴していた。
それはそうだろう。クラスメートが自分を庇って結果、生活するのに必須ともいえる魔力を完全に失ってしまったのだ。
(アルベルトは、責任感が強いから)
だからこそ、できる限る重荷になりたくない、と私は微笑んだ。
「……この通り、命に別状はないわ」
「……あれでシェリアが死んだら、俺も後を追っていた」
「そう。生きていて良かったわ」
金色の瞳だけがギラギラとしている。
本当にそうしてしまいそうだ、となぜかそう思う。
「俺と結婚してほしい」
「……」
その言葉が告げられるのではないかと予想してはいた。
(あんなにそう告げられることに憧れていたのに)
けれど、私が欲しかったのはこんな贖罪みたいな告白じゃない。魔力をなくしたという理由で、大好きな人の人生を縛りたくない。
「ごめんなさい。あなたとの結婚は、考えられないわ」
アルベルトは黙って私を見つめ、背中を向けて去って行った。
王立魔術院の内定はもちろん取り消しになり、そして私は、家と家の繋がりのためだけの婚約を結ぶことになったのだった。
それからは、アルベルトの活躍は耳にしたし、生活に必要な魔力が込められた金色の魔石が定期的に送られてきたけれど……。
婚約破棄されるあの日まで、アルベルトと会うことはなかった。
「あのときの告白、本気だったの?」
「……」
歪んだ笑顔が、肯定だと告げているようだ。
けれど、あのとき受け入れてしまっていたら、私は生涯罪の意識にさいなまれたに違いない。
抱きしめられた体は温かい。
「結婚してほしい。今度断られたら生きていけない」
「……はい」
こうして私たちは、結婚の約束をした。
王立魔術院の魔術師たちに巻き込まれて、平穏な毎日を送るには、まだまだときが掛かるにしても……。幸せな毎日は続くに違いない。
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