006
リリリリンッ…リリリリンッ…
虫が鳴き、再び日が暮れ夜がきた。
ひたすら何かを書き込んでいた手は止まり、椅子の背もたれに背中を預ける、天井を見上げ、風船から空気が抜けるように大きく息を吐くと、そのまま深く椅子に沈み込んでいく。
「……この飛行機は」
僕は考えた、計算し、脳内で何度も何度も試し、そこに書かれた爺ちゃんの最後のアイデアと真剣に向き合った、始めはそれを否定するためだったが、しだいに夢中になっていった、アイデアにこの妄想に、忘れかけていた何かをくすぐられる感覚、面白い…楽しい…これを………現実にしたい。
だが、計算すればするほどわかってくる、これは…この飛行機は…。
「この飛行機は…飛ばない」
……。
やっとなにかを思い出せた、そう確信を持てたと思った矢先、僕はこの設計図の穴を見つけた。
これじゃダメだ、この質量じゃ浮力は産まれない…圧力係数がそもそも間違っている。
駄目だ…嫌だ。
ここで、終わらせない…僕は…どうでもいい、化学は誰のためにあるとか、爺ちゃんの贖罪だとか、そんなもの、本当はどうでもいい…続けろ、頭を回せ…僕は僕の為にこの飛行機を完成させる!!
夜が明け、いつの間にか机で気絶するように眠っていた僕は、体を起こし、木炭で書かれた計算式とその図面を製図台からそのままの体制で手に取ると、顔の前で広げる。
「……………………これが…」
圧力係数をk、風速をvとすると風圧はkv自乗、翼面積がs揚力l=…――――――。
つまり………k=0.33。これが…解。
「ふふっ…だが僕の飛行機は、飛ぶ」
無邪気な笑顔で呟いた。
「なんだよ仕事にも来ねーから心配したぜ」
「あんなことがあったらなぁ、今度こそもう来ないんじゃねーかと思っちまったよ」
いつものジメジメとした薄暗い作業場、そこで出た廃品の鉄くずをガサゴソと漁る、ココには鉄のパイプやら薄く引き延ばされた鉄板などが良く捨てられ、いつも何かを作るたびここに足を運んでいた。
「でも戻ってきてくれて安心したよ、ココにはオメーが必要だからなぁ!」
「違げーねー」
「ハッハッハッハ!!」
「ハッハァァ……ところで何してんだ?」
明るく笑う作業員たちに見向きもせずにもくもくと屑鉄を集める。
「いつものことだ、またガラクタでも作るんだろ」
「なぁ止めとけって、オメーの治療や修理の腕は認めるが…またビーの坊ちゃんに見つかったらえらい目にあうぞ」
「自由に作らしてやれよ、見つかったら今度みたいなことがないように俺たちが守ってやればいいさ」
「……」
「だけどよぉ…おいヒューズ、聞いてるか?」
「ん?あぁ…何を作るか知りたいの?」
「あ?いやそんな話…」
「今度のはすごいぞー!そんじょそこらの代物じゃないっ!!今世紀初のいや、人類史始まって以来の大発明さァ!!」
「だから止めとけってそんなガラクタ…」
「ガラクタァ!?分かって無いなぁ、教えてやろう!今から発明するのは人を空へと飛ばすマシン、飛行機だ!!!!」
そういうと、この暗くジメジメとしたこの地下の坑道から上を差し、自信たっぷりに手を振り上げる。
作業員たちは何故かお互いの顔を見合わせ困惑した様子で、喋り出そうとする。
「そいつはその…何というか」
「すごいだろ?分かったら邪魔しないでくれ」
「……うーん…」
「あ、ヒューズじゃないか!良かった戻ってきたんだな!」
後ろから頭に包帯を巻きつけた作業員がこちらに手を振りながら歩いてくる。
「あ、お前、今は…」
「なんだよ?あ!替えの薬持ってきてくれたか?お前の薬はすごい効くんだよ」
「忘れた」
「え?」
「忘れてたよそんなもの、今は大発明で忙しいからね、自分で何とかしてくれ、じゃ!」
ガシャガシャと持ちきれないほどの屑鉄を抱えながら、作業員たちの横を抜けて出口へと向かう。
「あっ!おい!仕事はどうするんだ!?」
「だ・い・は・つ・め・いッ!」
ガシャン!
向こうで重い鉄の扉が閉まる音が響き、家へと向かう。
作業員たちはお互い顔を見合わせ、呆けた表情で一人がつぶやく。
「……まるでアイツの爺さんみてーだ」