005
時間を見ると針は二時半を指していた。
明日は四時に起きなくてはならないと頭の中で二回ほど反芻し、本を積み上げられた束の最上段へと置くと、今度は明かりを消すため玄関のスイッチへと向かう。
フラフラと立ち上がり紙の束や床に重ねられた本に足をぶつけながら何とか部屋の半分ほどまで来ると、今度はイーゼルに置かれた六十号程のカンバスにぶつかり、厚塗りの油絵の上にびっしりと張り付けられたトンネルの設計図が揺れる。
そのカンバスの端っこに自作の写真機で取られた写真がポツンと張られていた。そこにはかつての爺ちゃんと、髪をオールバックに固め高級な服を身にまとった紳士が並んでおり、無邪気な表情で笑っていた。
「……爺ちゃん………アンタのせいで大変だよ…」
ふと、その裏から覗く厚塗りの油絵の絵の具が乾き剥がれ落ち、その隙間から何かがのぞいているのを発見する。
最初それを見た時カンバスかと思ったが、それはカンバス生地でできた包みのようだった。
…何だよこれ。
それを人差し指で少し触れるとイーゼルごとこちら側に向き直し、正面に貼られた設計図と写真を急いで剥がす。中には絵の具の油によって紙が染み、剥がす時に張り付いて破れた物もあったが、それらを乱暴に剥がしていく、そして、カンバスの近くにあった足の長い小さな丸机に置かれた、ペインティングナイフで今度はやけに厚く塗られた絵の具をベリベリと剥がしていく。
ベリッ…ゴリッ…ガッガッ
絵の具を剥がし終え、中からは他のカンバス生地を切り取り、下にあるカンバスに貼り付けたお手製の包みが顔を覗かせた、それは中心部分が膨らみ、明らかに何かを収納するための隠し倉庫の役割を果たしているようだった。
ビリッ…ビリィ…
それを丁寧にナイフで剥がす、四分の三ほど剥がした時点でそれは中のものの重みに耐えきれず、ベリッと音を建て一気に床へ崩れ落ちる。
足元に落ちたそれは封筒に包まれた紙の束だった、中からは。
「これは…設計図」
中からは大量の設計図とメモ書き、それと計算用紙が飛び出してくる。
「違う…ただの設計図じゃない…これは」
それを慌てて床に広げ、中でも羊皮紙で書かれた横が一.五メートルほどの厚紙を丁寧に素早く床へと広げる。
「これは、飛行機の設計図だ」
そこには幾つもの角度から見た飛行機の骨組みが詳細に書かれていた。
「……………」
どれくらいそれを眺めていただろうか、時計の針の音が聞こえ始め、ヒューズは羊皮紙を折りたたむ。
「…………下らない、本当に爺ちゃんの戯言は下らないよ…」
なんだよ…これ、爺ちゃんが残したものってこんなものだったのか…。
立ち上がり再び電気を消しに玄関へと向かう。
「…………こんな隠し方までして出てきたのが…こんな馬鹿丸出しの妄想設計図なんて…!本当に下らないよッ!!」
ガンッと扉を殴りつけ、衝撃で部屋のランプが一瞬ゆらめき影を変え、再び規則正しい分量で室内を照らし続ける。
外の冷たい風が隙間風となってどこからか入り込み、僕の頬をなぞる。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!
荒々しく床を踏みつけ部屋に戻り設計図を全て拾い上げると、製図台の近くにある三面の滑り出し窓のハンドルを力一杯回し開け放つと、手に持っていた設計図を大きく振りかぶり外へ勢いよく投げつけ……ようとするが、振りかぶった体制でいつの間にか荒くなった息を整え、横に設置してある製図台の上に設計図を乱暴に置くと、そのまま先ほど座っていた椅子に倒れ込むように座る、数秒の間部屋の中を、そこに置かれた絵の具を、荒く剥がされたカンバスをボーッと見つめていた。
「………」
ゆっくりと回転椅子の角度を変え製図台へ向き直ると、紙の束を広げ、ペン立てに置いてある細い木炭に布切れを括り付けた物を手に取ると、勢いよくそれに書き込んでいく。
「…」
一時間二時間と時間が経ち、次第に空が白み始め。
「こんなもの…妄想だ…」
開け放たれた窓にも気をくれず、ひたすら机に齧り付き計算を続ける。
……その日始めて仕事を休んだ。