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004

 その部屋には全長四メートルはある本棚が所狭しと並んでおり、その中には分厚い本がびっしりと収納され、辺りには木材パルプを使用した洋紙が束になって散乱しカンバスに描かれた厚塗りの油絵の上には洋紙で書かれた大量の設計図が張られており、また、綿の飛び出たソファー、ラッパ型の自作写真機、全自動目玉焼き機、羊呼び寄せ装置、そのほかにも何に使うのか分からないくらいの埃を被った機械の山に洋紙がかぶさったり、逆に下敷きになっていたり、唯一埃を被っていないレミトン社製のアップストライク式のタイプライターでさえ、両側に大量の紙とペン、それと木製の定規が散乱しており、部屋は荒れ放題の散らかし放題といった印象だった。


 曇り硝子付きのドアを開けるとその部屋に入り、手に持っていたスープとワインを自作の二十一段階式製図台の付いた机、かろうじて斜めっていない部分へと置くと、汚れたタオルが何枚も積み重なった桶の中に同じようにタオルを積み重ねる、その桶の下にはちょうどピアノのペダルのような物が三つついており、一番右の物をガシャンと踏みつけると桶はまるでネズミ捕りのように持ち上がり、チーズの代わりに樽の中へとそのタオルを入れると、僕は三つのペダルのうち真ん中のペダルをこれまたガコンッと踏み抜く、すると樽はシュッ…シュウウウと少量の蒸気をあげて回りだし、最後に一番左のペダルを踏み抜くと水や洗剤が古くサビれた蛇口から投入され、グルグルとタオルに混ざりながらかき混ぜられていった。

 それを見届けた後はハァ…とため息をつき油と煤と汗だらけのボロボロの作業着を脱ぎ、これも樽の中へと放り投げる。

 部屋の窓辺に置かれた製図台の椅子へと腰かけると、横につるされているキレイなタオルで体を拭きながら冷めたスープに口をつける。


「いてっ…」


 わきの下辺りをタオルでぬぐおうと体を捩じると痛みが走り、横にある窓で背中を確認すると大きな青あざが三か所も出来ていた。

 立ち上がると製図台の奥の隙間に高く積み上げられた本の真上から埃の被っていない救急箱を手に取り中から消毒液を取り出し、顔やところどころ切れている患部へと散布する。背中にはガーゼにアロエから絞りだしたエキスとハッカ油を配合した特製の湿布を貼り付け、落ちないよう先程ぬぐっていたタオルで体に縛ると、机に置いてあったワインを一気に飲み干す。


「もう忘れよう…それよりっ!」


 積みあがった本の中から指をなぞり、間に入った一冊の本を引き抜こうと力を込める、途中、上の本が雪崩て来そうになったが、これを手でこらえると嘘のように上機嫌でその本を手元に置き、再び別の本を指でなぞる。


「フンッフフ…フンフン♪」


 この瞬間が一番の私服だった…科学の本、それを読んでいるだけでわくわくし、この現実など忘れ去ることが出来た。


「今日はコレとぉコレも面白いんだよねぇ」


 ドサッ…ドサッ…っと四冊ほど分厚い本を引き抜き、机へと広げる。


「よしっと…じゃあさっそく」


 分厚い本の一ページ目を開き読書に耽る。




 ………はずだった。

 ニ、三ページ読むと、全くその先に進まず手が止まっていた。


「あぁ……その前に、おばさんに頼まれてた修理の準備しなきゃ」


 僕は本を閉じ部屋の中をガサゴソあさり、修理に必要な道具をバケツの中に入れていく。


「うん、こんなもんでいいだろっ、じゃあ…続きを」


 再び読書へと戻ろうと表紙を開くが、またもやそこで停止した。


「っつ…あぁ…!三ブロック先のおばあさんにもオーブンの修理を頼まれてたんだった」


 本を閉じ、再度部屋の中をガサゴソとあさりだし、修理に必要な道具を先程道具を入れたバケツの中に追加していく。


「こんどこそ…続きを…」


 読書へと戻ろうと表紙を開くが、やはり、そこで停止した。


「そうだ…火傷直しの薬を調合しなきゃ、明日交換の日だよね…包帯の予備もこの辺りにあったはず」


 ゴリッ…ゴリッ…ゴリッ…ゴリッ…ゴッ

 薬を細かく砕き、油と混ぜて粘度を高めると、机の上に置いてあった先程読みかけていた本や散乱した紙、残っている冷めたスープを片手で乱暴に払いのけ床へと落すと、机の隣にあったビーカーが何本もくっ付いた、三十センチ程の機械を机に置き、傍にあったライターで下部の油の染みた導火線に火をつける。


 カキンッ…ボッ…ボボッ!ブクブクブクブク…キュゥウウウ


 時間がたち、作業が終わると薬をバケツへと投げ入れ、装置を元の位置へと戻すと、払い落した本とスープの容器を、少しの間と共に拾い上げる。

 椅子へと腰かけ、そっと丁寧に作られた表紙をめくる。


「…。」


 カッチコッチ…カッチコッチ…。

 カッチコッチ…カッチコッチ…カッチコッチ…カッチコッチ…。

 カッチコッチ…カッチコッチ…カッチコッチ…カッチコッチ…カッチコッチ…カッチコッチ…カッチコッチ…カッチコッチ…。

 やけに大きく時計の音が聞こえ、回り続ける樽の振動がいつもより大きく感じる。

 先程使ったライターの香りや、背中の傷が痛み出し、ふと、頭に思い浮かんだのは。


「もう…寝なきゃ」



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