003
一日の作業が終わり、日銭を受け取った後ははどっぷりと暮れた帰路に付く。
馬車が石畳をけり上げ、道端に座り込む老婆、路上に落ちるビラは風に流されガス灯の根元に張り付いて剥がれない。
道の向こう側では大男達が騒ぎながら木で作られたドでかいジョッキを片手に仲間たちと肩を組み大はしゃぎしており、その隣ではクズ野菜を煮込んだスープ売りの店に殺到する労働服に身を包んだ大人たちが日銭片手に店の恰幅の良いおばさん店主と大声で交渉していた。
騒ぎを起こしたから今日はこれだけだ、だって?突っかかってきたのは向こうじゃないか。手元で二枚のコインをカチャカチャと弄り、そんな文句をこころの中でぼやいていた時、突然道の向こうから大声で名前を呼ばれ、振り向くとそこには恰幅の良い店主のおばさんがこちらに手を振っていた。
「ちょっとーー!ヒューズぅ!こっちへ来なさいよ!!」
素直に道を渡りトボトボと店の明かりに吸い込まれるように店の前まで歩いていく。
「おばさん…」
「ヒャッ!やだ、アンタその顔どうしたの!?ずいぶん痛そうじゃない~」
「ちょっとね」
「またビームの坊やね、あんた!ワイン!一杯持ってきておくれ!」
店主のおばさんに変わり横で店番をしていたおじさんは一時奥へと行くと一杯の小瓶に詰めたワインを持っておばさんに手渡す。おばさんは斜め後ろに設置された冗談でもあまりキレイとは言えない汚れがこびり付いた大釜から温かなスープを取り出すと木の器へと流し込み、受け取ったワインと共に僕の前へ差し出す。
「ほらっ」
「すみません、今日はお金がなくて…」
「そんなのいいからっ!ワインはコカ入りで傷に効くし、それに、疲れたときは食べなきゃ、でしょ?」
「…」
そういうとおばさんは片目を閉じてウィンクした。
横に並んでいた歯抜けの客はその様子を見ると、不服そうな顔つきでおばさんを見上げる。
「なんだよぉ、俺にもマケけてくれぇ…」
「アンタには散々マケてやったろぉ?そういうことはツケ払ってからにしな!」
「ははっ…ありがとうございます」
僕はおばさんの人の良さに感謝しながら両手でワインとスープを受け取る。
「アンタには感謝してんのよっ!この前だって家のコンロ直してくれたろ?あ、今度二階ランプ見ておくれよ、調子悪くてねぇ」
「ええ、お役に立てるなら」
「あ~?オメーさんジュールんとこの孫か?」
そういうと何人かの客がこちらに気が付いたようでひそひそと話をしだす。
…またか。
「何でぃ、コイツにはマケれて俺にはマケれねぇってのかぁ!?」
「…」
「あの騒動覚えてねぇって分けじゃねぇだろ…へへっ…爺さん…ずいぶん派手にやらかしたなぁ…あん?」
「爺ちゃんと僕は関係ない」
「そーんな分けねぇだろぉ周りをよく見てみな、よくもまぁ平気なツラで街を歩けるなぁ、ずぶてぇ神経してるこって…さすがあのキ…イテェ!」
「それ以上は許さないよっ!」
おばさんは手に持っていたお玉で客の頭をコツンと殴りつけると、いまにも追撃を与えそうな怖い顔でにらみつけていた。
「確かに爺さんは変わった人だったかもしれないけどねぇ!この子は爺さんの汚名を背負いながらも、みんなの役に立とうと色んな手伝いをしてる、とっってもいい子なんだよっ!それを何だい、やれ爺さんが何だ、やれ騒動がなんだって!この子を見ておやりっ!!」
「わっ分かった!分かったって!」
「ヒューズ、構うことは無いよっ!アンタを知ってる人はこの町にもいっぱいいるんだから」
「……。」
「ほらっもう行きなっ、明日も早いんだろ?」
「あ、そうですね、すみません、スープありがとうございました」
そういうと、僕はまたいつもの帰り道をトボトボと歩き出した。
後ろからは再びスープを値切る声が響き渡り、静まり返った夜を少しだけ明るく照らしている、そんな雰囲気を感じた。
ガチャッ、キィイイイ…。
木造の町はずれにあるぼろい作りの一軒家。
家に帰ると玄関の壁についている複数のボタンの一つに指を押し込む、するとカチッと奥の方で音がし、一つの部屋の壁掛けのガスランプがボウっと点灯する、同時に他の三つのランプにも光が灯る。