016
‐現在‐
1901年6月14日。
快晴。
南東からの平均風速3〜5メートルの穏やかな風。
予報は当たり、AM : 4時20分、フライトポイントへ移動を開始。
緩やかな丘に差し掛かり、何度も転げながら何とか機体を指定の場所へ設置。
機体のチェックを開始、エンジン、主翼共に良好。プロペラ、車輪、並びに操縦桿も感度良好。一番の問題だった重量も、まぁパイロットが僕だし、問題は無し。
ビュウウウウウ…。
はぁ、はあ、はぁ…。
飛行帽を深くかぶり直し、ゴーグルを装着する。
はぁはぁはぁ…。
機体への胴体部分へと近づくと、エンジンから出る鉄線を引き、起動を試みる。
ブゥウウウン…ブルゥウウウン…カンカンカン………ブゥウウウウウウン!ブロロロロロ…
丘の上から草原を見つめると、さわやかな風が吹き、飛行帽の耳当てを少し揺らす。
地平線の先には山が重なり、その峻厳たる山脈の優美な峰は左右切れまなく続いていた。
胴体についている手持ち用の凹みに手をかけ、力いっぱい機体を押すと丘の頂上から少し…また少しと坂に向かって動く。
「ヒューズ!!」
後ろを振り向くとそこにはビーム立っており、ずいぶんと走ったのか、キレイに固めてたであろうオールバックは崩れ、ジャケットはどこかに脱ぎ捨てて来たのだろう、シャツは汗で濡れ、靴は両方とも履いては居なかった。
「ハァハァハァハァ…」
息を切らすビームをゴーグル越しに見つめ、僕らは顔を見合わせながらいくらかの時間を立ち尽くしながら過ごす。
ビュウウウン…
風が二人の間を駆け抜け、さわやかな陽気に草花は打ち震え、僕らは…。
「ハァ…ハァ………………………………」
視線を外し、再び力を入れて機体を押す。
ぐらんっ…と機体に掛ける力が重心によって変わり、急いで運転席へと走り、操縦桿を握る。
ゴロッ…ゴロゴロゴロゴロ…ザァアアアアアアアアアア!!
車輪の回る音が風切り音へと変わり、機体はそのスピードを上げていく、それは頻繁に大きく軋みながら草原を走ると、プロペラはそれに呼応するかのように回転数を上げていく。
ギィィイイイイイイイイイイイ!!!!ゴッ…!
「あッ!!」
ビームが思わず声を出し、一歩進んで歩く。
進行方向にあった石にタイヤが接触し、機体が大きく跳ねる、だがそれは明らかに浮力を生み出し、ゆっくりと、緩慢に地面へと再び着地する。
「飛ぶ…」
ビームは目を見開き、その…機体を凝視する。
ビュウウウウウウウウウウウウ!
(おかしい…計算ではもう飛んでもいいはずだ…!)
時計と計器を横目で見ると、エンジンの回転数を上げる…。
ブロロロロロロロロ!!
「爺ちゃん…」
『私は鳥がうらやましい…空を飛んで当たり前だと誰もが疑わないからだ』
『……私もいつか大空へ行くだろう、人類の誰もが到達することのできる未知の領域へ』
『任せたぞ――――――――――』
「とべ…」
ビームは前のめりになる体に続けるように、一歩…また一歩と前に出る。
「とべっ…」
ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!!!
「飛べェエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
ブゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!!
カチッ…。
カチッ…コチッ…カチッ…コチッ…カチッ…コチッ…カチッ…コチッ…。
”十二秒…”
この時、人類が始めて空を飛んだ秒数である。
バキッ…!ギシギシッ!!バギィイ!!ブウウウウウゥゥゥン…。
最初に折れたのは、プロペラだった、正確に言えばそれを止めるためのスピナーが限界を迎えたのだろう。推進力を失った機体は下と横からの風に煽られ、尾翼、主翼共に瓦解し、地上二十メートルから真っ逆さまに落下した。
落ちる際、僕は目の端でビームをとらえていた、こちらへ全速力で走ってくるビームを…。