014
寒い冬が終わり、春が来て、今年一番の雨が植物の腹を満たしていく日和。
カンバス州、サイモンシティ、市役所、市長室。
この町には余り似つかわしくないバロック様式の部屋や外観には、細やかな彫刻がいくつも施され、三階建ての市役所はこの町の顔といってもいい程どことなく神聖でアンティークな様相を帯びていた。
バンッ!!
重々しい雰囲気の室長室に一人の警官服に身を包んだ男が、マホガニー製の大きな机に小切手の束を叩きつける。
それを艶のある銀髪の肩まであるオールバックの髪型した、きつい目の女性がそれを手に取るとペラペラとそれをめくりながら時折、一つを凝視し、しかめっ面をさらに深めていく。
「うむ…全く分からないな、どうみても本物だ」
「えぇ、紙も本物と同じ、磁気インクはしっかりとMICRで打ち込まれてる、おまけにちゃんとしたミシンの切れ目まであるときてる」
「良くできた偽物だ…相当な工場が必要だろう」
「それもそのはずでしょう、本物なんですよそれ…配達員から盗んだんでしょう、それか何らかの取引をして…スコープで見るとあちこちに凹みがある、サインだけを残して書き換えたんです、手書きのインクならアセトンで落とせるらしい…下手に偽物を作るよりよっぽど効率的だ、そうとうな知能犯ですよ」
「……本当にジュールの孫だと?」
警官は窓辺に腰かけると、タバコを出し、手慣れた手つきでライターを使い火をつける。
「町のほぼ全ての店でやられてる、銀行の損害は一万ドル…もうイタズラじゃ済まされません」
「あぁ、そうだな」
「今日にでも裁判所と連絡を取り合い、自宅へ向かわせます」
言い終わると警官は一礼し、部屋を出ていく。
「行って来たらどうだ、ビーム」
市長の後ろの影から姿を表したビームは、手と頭に包帯を巻き、いつも通りのオールバックにきつい目つきをさらに細め、小切手を手に取るとそれを横目で見やり再び元の位置に戻す。
「……。」
無言で部屋を出るビームを溜息一つし見送ると、机に倒れている写真盾を起こし、再びしかめっ面をしながら、初老の白衣を着たいかにも科学者といった風貌の男と、楽しそうに笑うオールバックのやけに高級な服に口ひげを蓄えた紳士を見る…。
ザッザッザッ!ザッザッザッザッザッ!
石畳を列をなして進む人々は、手にフライパンを持ち、農具を持ち、お玉を持ち、鋏を持ち、洋服を持ち、トンカチを持ち、その先頭には司祭と漆黒の法服に身を包んだ裁判官が歩いており、その様子は今から革命に行くフランス国民のような覇気を感じさせていた。
それを見た通りを歩く人は道の端に寄り、窓から顔を出し応援するかのように指笛を鳴らす夫人も全員が物珍しそうにそれを見る。
「なんだいこりゃ…」
クズ野菜を煮込んだスープを売っている店主は、店の仕込みの最中この行列を目にし驚嘆する。
隊列の外側を走る子どもたちを店主は捕まえ訳を聞くと、ヒューズがとうとう捕まると教えられ。
それを聞いた店主は店の仕込みを投げ出し列の先頭へと走っていく。
「ハァハァ…ちょっちょっとまちな!」
司祭や裁判官は立ち止まり、その様子を見た列の人々も歩みを止める。
「こんっな大の大人が大人数でよくもまぁ、恥ずかしげもなく歩けるもんだね!」
裁判官は至って冷静に答える。
「我々は被告人ロック・ヒューズの召喚を命じる者t…」
「そんなこと聞いてんじゃ無いの!あの子はまだ子供だよ!人情ってもんは無いのかい」
「法の前に人は皆、平等です、それは例え子供であっても」
「あの子が何をしたっていうんだい!」
騒がしく怒鳴る店主を見つけ、さらに人が集まりだすと、近くに居た露店の売り子も身を乗り出し、その話に耳を傾ける。
「彼は欲望に任せて、サタンの誘いに乗ってしまったのです!神は見ておられます、一度罪を清算し、清い魂を取り戻すのです」
「何わけのわからないことを言ってんだいっ!」
「彼は小切手を偽装したのですよ、これはいくら何でもいたずらの範疇を超えている、裁かれるべきです」
「こ、小切手を!?あのヒューズが…証拠はあるのかいっ!証拠は!!」
裁判官は冷静にゆっくりと振り返ると、大勢の列をなした店のオーナー達がものすごい形相で店主をにらみつける。
「……こちらの方々全員です」
「あ…」
列は再び歩き出し、店主を避けるようにしてヒューズの家へと向かう。
その時、一人の露店売りの男が裁判官の横にへらへらと笑顔を浮かべ、ついて歩く。