011
『い、いや違う!私はただここで商品の展示をしていただけで』
ウェーブのかかったトウモロコシのヒゲのような金髪に丸眼鏡をかけ、白衣を着たいかにも科学者といった風貌の初老の男は誤解だというように手を上げる。
警官隊が駆けつけ、人でごった返したメイン通りに布を引き、怪しげな機械群を並べたその男は緑色の液体が入った一本のフラスコを片手に、一匹の子犬を抱え奇抜な恰好をした女に訴えられ、困ったような表情を浮かべる。
『どういたしました?』
『こ、この男の怪しげな液体で、ウチのキメラ犬がみて!普通の犬になっちゃったのよ!!』
『ち、違う!これは元々普通の犬だったんだ!この犬の体毛を青色に塗っただけのキメラ犬だと偽ってこのエセ科学者メが、お客に妙な話をでっち上げていたから、私は…』
『きゃぁああ!ちょっとアンタ!このヘヤアイロンとか言うので髪をとかしたら、熱で私の髪がこんなチリチリになっちゃったじゃない!!どうしてくれんのさ!』
『あ、そ、それは元々パーマを掛けるもので!』
『うぁあああ!!そこの男の着るだけで痩せられるって服を着たら、脱げなくなった!こんなフリフリのダサい服ッ!!助けてくれ!誰か脱がしてくれ!!』
『それは、痩せるまで脱げないよう、その時の体形を形状記憶しておける画期的な服で…!』
おい、あれジュール爺さんじゃないか?
あぁ、ほんとだ、可愛そうにねぇ、他所から来た人は知らないのよ。
いつもいつも変な発明で騒がせやがって…もう勘弁してくれよ。
ざわざわと路上に集まる人々は口々にジュールの悪口を言い合い、駆けつけた警官隊も、訝し気な表情を浮かべ、こちらに近づいてくる。
『はぁ、ちょっと署までいいですか?ジュールさん』
ジュールは持っていた緑色の液体を警官隊へと掛けると、全速力で走り去って行く。
『うわっ!ちょ…待てコラ!!』
ザワザワザワ…
町外れの丘の上、そこには程良い風が吹き続け、天気も雲一つない、というよりも何もない、そんな普段は誰も寄り付かない丘だったが、横断幕や色とりどりの紙が付いたロープなどが貼られ、数多くの人で溢れかえっていた、日傘をさした貴婦人に品の良い紳士、新聞売りの青年に、けばい化粧を施した恰幅の良い老婦人。
その会場のさらに上に設置され、布で隠された特設ステージの中には白衣を着たいかにも科学者といった風貌の男が、先程の警官隊から逃れ、そわそわと所在なさげに歩き回っていた。
『おいジュール!こんな所に居たのか』
黒髪のオールバックに厳しい目つき、やけに高級なスーツに身を包み、手には手袋と杖を持ち、頭にはシルクハットを被り口髭を整えた紳士が手を振りながら歩いてくる。
『サイモン…やっぱり止めるべきだ、テスト飛行なしにいきなり飛ばすのは無理がある』
『何だ?テストなら散々したじゃないか』
『試作品ではそうだが、この機体ではしていない』
『…それは試作品だからだろ?大丈夫だ怖がるな』
『これも試作品だ!成功して初めて完成品になる、中止するべきだ!』
サイモンはジュールの肩を掴み、息を吐くと真剣な表情でジュールの顔を見る。
『ふー………なぁジュール、落ち着け大丈夫だ、お前の努力は俺が一番側で見てきた、お前の才能を一番買ってるのは俺だ、お前がこの町でどんなに変人扱いされても厄介者扱いされてもそんなもの俺には関係ない、実際、お前にたくさん融資もした、俺たちの志は同じはずだ、そうだろ?』
『あぁ…そうだが』
『こいよっ兄弟…』
そういうと両手を大きく広げ、ジュールを優しく引き寄せた。
『約束…してくれたろ、この祭典で俺を空に連れてってくれるって…ん?』
『あぁ…君には感謝してるよ、私もそれに応えたい』
『大丈夫…きっとうまくやれるさ』
『そう…だな』
『ねぇまだなの?世紀の飛行ショーってやつは』
『そうだねぇ、少し時間がかかってるみたいだね』
『はぁ、あっちで気球に乗ればよかった』
『まぁまぁ、そう言わずに、一番良い席を用意させたんだキャンディでも食べて少し待っていよう、坊や』
『うぁ、キャンディだ!』
『さぁ、皆さんお待たせしました!こちらに登場致しますのは、世紀の大発明、空を飛ぶ夢のマシン…飛行機です!!』
司会者の合図と共に丘の一番上に設置された布を下ろすと、その中からはジュールが設計し作り上げた、飛行機が姿を現した。
おぉ!と歓声を上げる会場に司会者は満足したのか、さらに機嫌よく話していく。
『これまで人類は幾度となく空へと挑戦し、失敗してきました、ですが今日皆さんの目の前にあるこちらのマシーンは、なんと!この町の市長でもあり、議員でもある、サイモン・K・オイル氏による極秘の出資で行われていたプロジェクトでもあるのです!!』
『なんとッ!あのサイモン氏が…!』
『登場していただきましょう今回の、出資者でもあり、このプロジェクトの代表を勤めたサイモン・K・オイル氏です!』