閑話 ドキュメンタリー『例の少女に迫る』 その2
・あらすじにも書いていますが、この作品はフィクションであり、実在する人物・事象とは一切関係ありません。基本作者はネットの情報を元に調べているので、「明らかにここは違う」「勘違いしている」と言うことがあればお教えください。
1839年。南極海にて。
船の上でイギリスの探検隊所属ジェイムズ・クラーク・ロスは南極――この頃はまだ“南極”と正式に命名されていなかった――を眺めていた。
「すごいな。北に存在した極寒の地とはまた違う、一面氷に閉ざされた世界だ。今回は初見の分、命の危険があの時以上だろう。他のメンバーにも改めて気を引き締めるように注意しなければ」
ロスはここへ来る前、叔父にあたる人物と共に8、9年に渡って4度の北極探検に出向いた経験があった。
だからこそ、南極の世界初探検を任されたのだ。
この地では3、4年ほど探検する予定である。
「上陸準備はできているか!」
「はい!」
「先日と変わった様子はないな? 近くに現地生物は見当たらないな?」
「はっ! 先日同様で、ここから確認できる範囲では上陸予定地周囲に生き物は確認できませんでした!」
ロスたちが南極海に来たのは昨日だ。
安全な上陸と拠点を築くために下見をして、大地が見える場所から候補を選び探検隊で話し合い、上陸場所を決定した。
「銃の点検は済んだか! 威嚇用の弾を装填した者と実弾を装填した部隊は把握したな? 上陸する前からいつでも撃てる準備をするんだ!」
ロス自身も入念に銃だけでなく、懐にしまってあるナイフの点検をする。
その様子を探検隊でも下の立場の者たちが見ていた。
「ロス様、初上陸とはいえ気合いが入っていますね」
「当然だ。あの方はすでに北にある極寒の地を何度も調査しているんだ。白い獰猛なクマとも何度か会っているんだから警戒する」
北極の調査では腹を空かせたホッキョクグマとの邂逅経験のあるロス。
九死に一生を得たが、軽くトラウマになるぐらいには怖かったらしい。
そんな経験もあって、南極にもホッキョクグマと類似する生物がおかしくないと最大限に警戒度を上げているのだ。
探検隊が現地生物を警戒する間にそれ以外のメンバーが上陸準備を進め、ついにロスたち探検隊は南極の地に降り立った。
そこからの展開は早い。
拠点を築き、事前に立てていた計画と実際に見た南極の地形から計画を修正し、拠点でもできる調査を行う。
本格的に南極を探検し始めたのは上陸から2日後だった。
北極とはまた違った氷の世界、氷で覆われた山の発見と命名、ちょっとしたアクシデント。少しずつ地図を書き加えながら安全を第一に突き進むこと数日、ロスたち探検隊が目を疑うような光景を目にする日がやってきた。
「おい見ろ。生き物だぞ。しかも群れで行動している」
「あれは……鳥?」
初めて目にする南極の生き物。
それは鋭い嘴と黒と白の体を持つ、二足歩行の奇妙な生き物で――
「ペンギンじゃありませんか! まさかこの地にもいただなんて!」
「知ってるのかね?」
「北半球には生息していないのですが、自分は南の方を中心とした仕事に関わっていまして、その時に出会った生物です。私が見たのと種類は違うようですけどペンギンと呼ばれる鳥で、飛べない代わりに海を自由に泳ぐことができるんです」
「ほう! そのような珍妙な生物がいるのか!」
探検隊の一部は自分たちの見たことのない生き物の登場に沸き立った。気の早い者はスケッチの準備をしている。
ペンギンを知っていたメンバーの話から、基本的にこちらから手を出さなければ無害であることを聞いてからはバードウォッチングならぬ、ペンギンウォッチングに精を出すのであった。
しかし、突然観察していたペンギンたちの空気が変わり始める。
「ん? どうしたんだ?」
「興奮している? 天敵でも近づいてきたのか……」
「グアグア」と落ち着かない様子のペンギンたち。
原因として真っ先に天敵の肉食動物が近づいてきたのを察知したと考えられたため、探検隊も銃を手に掛け周囲を警戒する。
ロスを含め、ホッキョクグマと遭遇した面々は顔を青ざめていたが。
気持ちは分かるのでそれ以外のメンバーは見ない振りをした。
警戒してから1秒、2秒と経ち――それは現れた。
――ザバアアアアアアアアアアアアンッ!!
「な、何だぁ!?」
ロスが目撃したのは、ペンギンたちがいる方向の海から上がる大量の水流だった。遅れて空へ打ち上げられた物体が落ちてくる。
ドズンッ!と、地響きを立ててロスたちやペンギンの群れから少し離れた場所に落ちてきたのは――
「シャチ!? ハアァ! 何でシャチが!?」
「こ、この地特有の自然現象に巻き込まれたとか???」
それは平均3000~5000キログラムもの体重がある、海のギャングことペンギンの天敵とされるシャチであった。
……そんな体重で上空から落ちてきたものだから瀕死であったが。
あまりにも非現実的光景すぎて、ロスたちはシャチに近づいてしまう。本来なら危険だと離れるべき状況で、好奇心の方が大きかったために。
だから直前まで気付けなかった。
数秒遅れで上から降ってきた存在に。
最初に気付いたのはロスだ。
謎の青い光を纏った何かがシャチの上へと降り立った。
他の探検隊メンバーが気付き始めた頃には徐々に青い光が消えていき、その存在が姿を現した。
「………………ペンギン?」
「クアー?」
「「「「「グアーーー!」」」」」
それは先程まで観察していたペンギンと同じ種類のペンギンであった。
姿形は後ろで歓声のような鳴き声をあげるペンギンたちと同じである。
その首に大きな『青の涙』をぶら下げていることを除けば。
これがジェイムズ・クラーク・ロスの指揮する南極探検隊と、『例の少女』の加護を受けた世界最強のペンギンとの初邂逅であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……いかがでしたでしょうか?」
「これが南極探検隊と『例の少女』の寵愛を受けたペンギン――十数世代前のペンペンくんとの遭遇だったのです」
ドキュメンタリー『例の少女に迫る』。
その番組の司会を務める2人は先程まで流れていた再現VTRの感想を述べ始めた。
「そもそもですが……歴代ペンペンくんって何ですか?」
「当然の疑問ですね。再現VTRが流れる前にも少しお話ししましたが、簡単に言えば『例の少女』から通常よりも大きい『青の涙』を受け取り、それを代々継承してきたシャチすら鎧袖一触で倒せる最強のペンギンですね。『例の少女』のペットという見方もあります」
定住の地を持たない『例の少女』が不定期ながらもそのペンギンに会いに来るということで、南極は最も『例の少女』と会える可能性が高い場所として知られることとなったと司会者は捕捉する。
「こちらをご覧ください」
スタジオの中央にホログラム――っぽいCGが映し出される。
それは『青の涙』を首から下げたペンギンだった。
「見ての通り、このペンギンが持つ『青の涙』は通常の3倍程の大きさで、『青の涙』が持っている不思議なエネルギーを自由に使えると考えられます」
「再現VTRではシャチを上空に跳ね上げていたようですが……」
「後年、水中に仕掛けたカメラによって撮影された映像によると、目にも止まらぬ速さで翻弄してシャチを一方的に攻撃していたそうです。調査の結果、歴代のペンペンくんがリーダーを務める群れの縄張りだけは南極海近辺に生息するシャチは近づこうとしないようにしているとか。攻撃されるのははぐれた個体ぐらいだそうです」
「シャチ界隈でも恐れられているんでしょうね」
シャチたちからすれば歴代ペンペンくんはアンタッチャブルな存在であり、自分たちよりよっぽど海のギャングに見えるのかもしれない。何せ、縄張りに入った途端に逃げる素振りすら見せられず狩られるのだから。
「それにしても、ペンペンくんなんて可愛らしい名前ですね」
「ペンペンくんという名は『例の少女』が自ら名付けたことが判明しました。ついでにネーミングセンスが日本人に近いことも明らかとなったのです」
『青の涙』を持つ唯一のペンギンとして様々な方法で撮影が行われていた最中、奇跡的に『例の少女』が直接現れペンギンたちに話しかける姿を納めることに成功した時があった。その際に「第……何代目かは随分前に分からなくなっちゃったけど、今代もこうして会えて嬉しいよペンペンくん」と言っていたことから判明していたのだ。
ちなみに、これは『例の少女』本人も予想外だったことだが、今のペンペンくんが何代目なのかでおおよその年月を図る“目安”としての役割は、数百代目のペンペンくん辺りから数を数えるのが難しくなってきたために頓挫した。
いくら元々賢いペンギンがさらに賢くなっても限界はあったらしい。
「“継承”という部分については?」
「知っての通り『例の少女』は不老の存在です。しかし、ペンギンの寿命は『青の涙』を持っていても変わりません。どうしても世代交代が必要となります。『ペンペンくん』という名前はいつからか、『青の涙』を持つ群れのリーダーが次のリーダーに『青の涙』を渡すのと同時に受け継がれる名前となっているようです」
「今回はその貴重な映像があるとのことですが……」
「はいおおよそ20年に1度しか見ることができない映像となります」
場面は変わり、南極の大地に佇む2羽のペンギンが映し出された。
一方は首から『青の涙』を下げ、もう一方はひれ伏す――ことはできないので腹ばいの状態で頭を上げている。周囲には見守るように群れの姿が見えた。
当代のペンペンくんが頭を下げると『青の涙』が淡い光を放ちながら離れていき、頭を上げていたペンギンの首へと吸い込まれるように移動した。
直後、新たにペンペンくんの名を継承して「クエーーー!」と雄叫び(?)を上げる次代のペンペンくん。しっかり受け継がれたことでペシペシと手を――正確には翼を叩いて喜びを表わす先代ペンペンくん。そして、継承が無事に終わったことで興奮する仲間のペンギンたち、
そこで映像は終わる。
「……このように代々『青の涙』と名前を受け継いできたわけですね」
「しかし、こうして見るとどれほど昔から繰り返されてきたのか不明ですが、良く今まで途絶えることなく受け継がれていきましたね?」
「そもそも『青の涙』を首から下げているだけにも関わらず、どんな動きをしても決して離れませんからね。唯一無防備だと思われた継承の瞬間は絶対に邪魔できないことが判明していますし」
「と、言いますと?」
「当番組からは敢えてどこの国かは申しませんが、数十年前の継承の際、とある国の工作員が『青の涙』がペンペンくんから離れた瞬間に奪おうと実行した事件があったのです」
「そんなことがあったのですか!?」
「えぇ。これは関係者の間で『工作員おしりペンペン事件』として語り継がれ、今も尚笑われています」
「……どうしましょう。オチが分かってしまったのですが」
事件名から察せるものだが、司会者は説明をする。
『工作員おしりペンペン事件』。
一体何が起こったのかと言えば――何てことはない。
とある国の南極探検隊に潜り込んだ工作員が、継承の瞬間を狙って『青の涙』を奪おうとする暴挙に出た時があったのだ。
国の力で上手いこと探検隊に潜り込んだ工作員。
先代と次代のペンペンくんを害すため、工作員は行動に出た。
離れた場所から鳴り響く銃声。
驚く何も知らない探検隊の面々。
そして……青いバリアによって無傷だったペンペンくんたち。
いつの間にか発生したバリアは工作員の放った弾など意にも介さなかった。
どうやら継承している最中は外部から邪魔されない仕様らしい。
さて、そんなことをしでかした工作員はどうなったのかと言えば……
大量のペンギンによるリンチに遭うという貴重な体験をすることになった。
無事に継承を終えた新たなペンペンくんの初仕事、それは大事な大事な儀式を邪魔しようと企んだ案畜生に制裁を加えること。
弾丸のように飛び出すペンペンくん。
逃げる工作員。
だが、一瞬で回り込まれて顔にビンタを喰らい転倒。
先代ペンペンくんと共に追いついた群れのペンギンたちは、抵抗する工作員をベシベシとビンタしたり、噛み付いたりで怒りを表現。
ついにはペンペンくんによるお仕置きタイム。
無理矢理四つん這いの格好にされた工作員は、自らのお尻を何度も叩かれて絶叫。最終的に白目を剥いて気絶し、目覚めれば探検隊からの尋問によって他の協力者の情報を洗いざらい吐くこととなった。精神的に相当弱っていたのか、聞いてないことまでペラペラ喋ったと尋問に当たった探検隊の調査員は言う。
ちなみにペンギンの翼は「フリッパー」と呼ばれ、コウテイペンギンなど大型の種類なら大根をへし折れるぐらいの威力を出せる。さらにいうと、ペンギンの嘴は鋭いうえに口の中は上下にギザギザの突起がビッシリある構造だ。
そんなペンギンからリンチにあった工作員が解放されたあとどれだけボロボロだったかは……推して知るべし。
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