第12話『アンズのバカっ!』
──夜空は相変わらず薄いグレーのキャンバスで、そこにカラフルな星が滲み次第に拡張して溢れていく。
何をどうしたらいいのか、私には分からなくなっていた。
更に、時巡りの時計で戻ると、アンズが気持ちよさそうに寝ている。改めて整理すると、イキイキを手に入れて母を治して、アンズの脚が悪くならないように過去に戻ってとやることが多くて嫌になる。
そんな風にうまくいくのだろうか。これ以上世界を変えていくと、周りの人達の生活にも少なからず影響を及ぼしてしまうのかもしれない。
これ以上私が動けば動くほどおかしくなっていく。
窓を通して星を眺めていた。幾度このカラフルな星を見たのだろう。
「黄昏てるの?」
頭の後ろから声がした。校長先生だ! いつ入ってきた?
「全て見てきてしまったのね!」
「アンズ助けられないのかな……」
「そうするとあなたの命が失くなってしまいますよ」
「アンズはあなたに救われたと言ってたんですよ。見知らぬ日本という土地で優しくされたのが、あなたが初めてだったから。」
「でも、私を助けたことで……」
「変化!」
あ、美容室の
「私があなたをこの国に飛ばしたの! ごめんなさいね。アンズがどうしてもあなたに会いたくなってね。苦労させてしまいましたね」
「いえ、そんなことありません」
「そろそろ、寝ましょうか」
そういうと校長は煙のように姿を消した。
寝れなくて、私は時巡りの時計を使いクロマニヨン国へと飛んだ。
コンパクトを使い、周辺の人達から話を聞くうちに竜騎士カナメの家にイキイキがあることが分かった。代々カナメの家がイキイキを管理しているらしい。イキイキとはアイテムで水晶で作られたブレスレットだということまで分かった。
「カナメの父親にへんしーん!」
カナメの家は広く玄関にはドラゴンが鎖にくくりつけられている。まるで番犬だ。いや番ドラゴン?
私はビビりながらもその前を通っていく。時折ドラゴンはその巨体を起こし大きなあくびをした。周りの空気がビリビリと振動する吐息。まるで咆哮といったところだろうか。何とか潜り込めそう。
「おかえりなさいませ!」
「ただいま。」
「今日は帰りが早かったのですね。明日に帰ってくるものだと思ってました」
「仕事が早く終わったものでね」
「そう言えば家宝のイキイキはあるか?」
「何いっているんです? 私がいつもそれを身に付けているの知ってるでしょ?」
「おお、そうじゃった。少し借りても良いか?」
「はい! また竜にまたがって上空から作物に向かってこの呪文を使うのね!」
「そうそう!」
受け取った瞬間気が緩んだ。カナメの母親らしき人は表情が険しくなった。
「誰かぁー誰かぁー!」
「やばいっ。ばれた」
私は部屋の奥を目指して走って逃げる。
世界で一番足の早い男になーれ。
後はこの時巡りの時計で日本に戻ろう。合わせ鏡は何だったんだろう。時巡りの時計があれば合わせ鏡なんていらないような気がする。でも合わせ鏡がないとこの魔法の国には来れなかったのだ。そう考えると合わせ鏡ってかなり貴重なアイテムのような気がした。
☆
──バチッ
蛍光灯から静電気の弾ける音がする。
いつ来ても病院は苦手だ。薄暗い照明が気持ちを更に暗くさせる。所々蛍光灯が古くなっているのか、灯りが消えかかっていたりするのがある。
母は相変わらずベッドの上だ。最後に見たあの日よりも腕が細くなっていた。
「長かった……、戻ってきたよ」
右腕のブレスレットを触り呪文を唱えよう。長い冒険だった何とか帰ってきた。母が目覚めたとき動けたらいいな。頭の中で想像する。普通の生活が一番幸せなのだ。
さぁ、呪文を唱えよう。
「イキイキ!」
なにも起こらない。嘘でしょ?
「イキイキっ」
呪文を唱えるが、やっぱり何も起こらない。
なんで? なんでなの? 焦ってくる。
──イキイキっ、イキイキ、イキイキッ……。
母の姿がぼやけて、力なく俯いた。
その時、私の肩がけ鞄からアンズが飛び出した。
「日本だと使えない魔法があるの! この人ツグミのママなの?」
「何で? アンズが? いつからいたの?」
「私がやるよ。」
「違うでしょ! これ以上やったらあなたどうなるか分かってるの? 私の時もやったでしょ?」
「私はいいの! 魔法使いは人のために何かしてあげられることを喜びにするもんだって、それがお姉さんの為なら尚更ね」
「私がやる!」
「つぐみは魔法使えないじゃん」
コンパクトを開き
──お願いコンパクトの力を貸して! 魔法は人の思いに応えるものでしょ! ヒールー!!
魔法を放つと次第に私の右腕が黒くなって燃えたような臭いが部屋中に広がる。
「ダメっ!」
「ヒールー」
アンズが手を繋いできた。ばかっ!
離そうとするがアンズは手を離してくれない。
アンズの左手も黒くなってきた。
マズぃ! おもいっきりアンズを突き飛ばした。
私は頭の中が真っ白になり、プツンと電気の切れた豆電球の様になり、膝から床に崩れ落ちた。
☆
──上空には黄空が浮かんでいる。懐かしい魔法の世界。
「つぐみ……」
アンズが悲しい顔をしている。
「お別れなんだね」
何となくそんな気がしてた。
「あなたを助けられなくてごめん……」
「いいんだよ……」
「ママは助かったの?」
こくりとうなずく
「ならよかった。」
右手が痛む。肩から手先にかけて黒くなり感覚がない。
「あのね、私の事忘れないでほしいの!」
アンズが悲しそうな声を出す。
「やめて!」
腹の底から始めて声を出した。アンズはコンパクトを開いてまたあの呪文を唱える。私は心地よい感覚に包まれて、ひどく眠くなりそのまま地面に沈み混むような感覚に襲われた。
眩しい!
顔に差し込む一筋の光。思わず手で顔を覆う、カーテンの隙間から朝陽が刺し込んでいた。手に何か違和感がある。コンパクトを握りしめて寝ていたようだ。
「つぐみー。ご飯できたわよー!」
ママの声が一階から響く。何気ない日常だけど。
こんな話、誰にもできない。
涙が溢れてこぼれ落ちる。止まらない。
アンズ……。
下に降りると、ママが上機嫌だ。フライパンでスクランブルエッグを焼いている。いつもの日常がこれほど幸せだったなんて。
──待ってて……。今度こそ……私があなたを助けるから……。手探りでショートパンツのポケットを探るといつもの金属の感覚がした。