第10話「イキイキ」
「過去の鏡を手に入れたから、メグの家にもどろ」
「そうだね……」
「何か心配事でもあるの?」
「ううん……そんなことないけど……」
「あそこに公園があるから、少し座って話す?」
アンズは何だか元気がないように見えた。スカートの端を固く握りしめている。話すのをためらっているような感じがした。ベンチに座ると、辺りは少し冷たい風が吹き始め、霧雨がしとしとと降りだした。
「ふぅ。色々ありすぎて疲れたね」
「だね」
固い表情のアンズは声を出す。
「……あのね、これ他人に掛けられた呪術じゃないの……」
「どういうこと?」
「うん、うんとね……。ごめんやっぱり話せない……」
アンズは遠くの方を見て呟く。何故か私に視線を合わせるのを避けているかのようにも見えた。
「ちょっと言えない話なんだ。だからせっかく鏡を手に入れたのにごめんなさい」
「そっか」
──誰だって秘密にしときたいことはいくつかある。ショックが大きすぎて話すことがトラウマになっていることだってある。もしかしたらアンズは怖い思いをしたかもしれないのだ。それをほじくり返すこと私には出来ない。
「ただいま」
「おかえりー。で、どうだった? 手に入れられた? 私も今日試験じゃなかったら、一緒に行きたかったんだけどねぇ。」
「また私を置いていってー」
マイはパジャマ姿のままココアを飲んで寛いでいる。メグは顔を真っ赤にして怒っていた。
「ごめんね。見つからなかったんだ」
「まぁーそういう時もあるよ。そのうち私も探すから諦めんなよ!」
「ありがと」
「なんか、ごめんね」
「いえいえ。また遊びに来てよ」
「そろそろ、帰りたいな」
「私も……」
「ここでの生活も悪くないけど、そろそろ戻って校長に報告もしたいね。大丈夫なのかな?」
「校長室に、もしかしたら時巡りの時計があるんじゃない?」
「明日行ってみる?」
「うん」
「もしかして国が分かれたのってこの飢饉のせいなのかもしれない……」
「これを防いだら国が分かれないで1つのままだとしたら、合わせ鏡も校長室にあるんじゃないのかな?」
でも王様も話に行くとか言っていたし上手くいけば内部から壊れるとかない気もする。
☆
翌朝。
「こ、校長先生いますか?」
「城の方で暴動があったみたいだね。校長は会議のため城に行くっていってましたよ」
「あ、やった」
「やったってなんです?」
「いえこっちの話です……」
「たしか時計は机の引き出しにあった」
「それってあれでしょ。位置が変わってなかったらじゃない?」
校長室はカギがかけられておらず簡単に入ることが出来た。恐らく盗みを働く人はいないと考えているのかもしれない。
部屋には筋肉質な若い男が海パン一枚で立っているポスターが張り付けてあり、私たちは目を覆った。校長先生の趣味。なんて悪趣味なんだろう。その横には『魔法とは困っている人を助けるために使うのじゃ』と書かれてある。これでいいんだろうか?
「あったー!」
「時巡りの時計よ。元の世界に帰らせて!」
──心のどこかで思った。現実の日本に帰りたい。いつになったら帰れるんだろうか。
「ここは?」
「どこ?」
「校長室だね。移動できてないのかも」
「疲れたわー。あなた達は?」
「校長先生、無事だったんですね?」
「どういうこと?」
もしかしたらあの事件の前の時間についてしまったのかもしれない。
校舎がまだ壊れていないのだから。校長は夏物の修道服を着ていた。
「この過去の鏡で見てもらってもいいですか?」
「どういうことなんですか? 一から説明してください」
「──と言うことは未来ではクロマニヨン国が攻めてきて、この国が破壊されるってことなんですね。それをどうにかしようと過去に私が飛ばしたと。しかも攻め込んでくるのはそう遠くない未来」
「私が頼んだこととはいえ、本当に申し訳なかった」
「いえ、いいんです」
「そういえば隣の国に『イキイキ』という魔法があったような。細胞を若返らせたり、植物を成長させるスピードを高める働きがあって、難病にも効くと」
「きついです」
「そうだろうね。とりあえず今日は休みなさい」
──色々ありすぎて疲れた。もしイキイキで母が治ればもうけものだ。アンズもイキイキで治らないかな。それにしてもどうしてアンズは脚を治すことを嫌がっているんだろう。過去に戻れば何か掴めるかもしれない。
妹がいないからアンズの事……。本当の妹みたいに思っているのに……。ベッドの上のアンズは気持ち良さそうに寝ている。毛布を足で蹴飛ばしてほんと寝相悪いな。
さてとアンズも寝てるし行こう。
「アンズの脚が悪くなった場所へ時巡りの時計よ。お願い!」