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プロローグ

 薄暗い蛍光灯の明かりに照らされる室内。消毒薬の嫌な匂いが鼻をつく。この匂いは好きじゃない。ベッドには顔色のよくないお母さんが眠っている。


腕には栄養剤を送る針が刺さり、肌は赤紫色に変色し出血していた。何度も同じ個所を刺している。やめて欲しいけどそんなこと言えない。痛々しすぎて見ていられなかった。


そして医師からは現代の医学では治らない病気だと非情な言葉がかけられた。母は植物状態になっているらしい。



 桜の蕾が咲き始める三月下旬、私は中学の入学式が近付くことに戸惑っていた。


なぜなら小学生の頃は休み時間になると、机から文庫本を取り出して読むような子で、本を開けばクラスメイトが誰も話しかけてこないから都合が良かったのだ。


 でも、このまま高校に進学しても同じ事をするのは正直辛い。高校に入学したらこんな私でも少しぐらい楽しみたいと思ってる部分があるのだ。


そんなある朝、一枚の新聞の折り込みチラシに目が留まった。 


「ふふっ……何これ?」


『魔法でお姫様に大変身!』


そこには金色の文字でキャッチコピーが書かれており、クレヨンで描かれた可愛らしいお城と魔法使いの絵が載せられていた。


──嘘つきだよ。とは思うものの、半信半疑で美容院に電話を恐る恐るかけてみた。


「きっ、木崎ですけど……今日美容室の予約を取りたいです……」


スマホを握る手が震え、声も少し上ずってしまう。久しぶりに他人と話すのだから声帯がビックリしたのかもしれない。

もしかしたら何かが変わるかも……。その時は少しだけ淡い期待を抱いていたのだ。


            


 私は『木崎ツグミ』。性格は豆電球のように暗くおとなしいと思う。そんな私が自分を変えようと、お城の外観をした美容院の扉を開けた。


「お嬢様いらっしゃいませ!」


メイドの格好をした店員さんが笑顔でお辞儀をしてくれてソファーへと案内してくれた。


明るい第一声は私にだけじゃなくその後来られた人には誰が来てもこのような挨拶をするようだった。内心喜んでいたことが恥ずかしい思わず顔が熱くなってしまう。


真っ先に、視界にに飛び込んできたのは、天井に掲げられた水晶で作られた豪華なシャンデリア。ミラボールみたいにユラユラと回転して煌めいていた。


奥には真っ白な大理石の螺旋階段が目を引く。手摺は薔薇の彫刻が彩られている。



さらに淡い黄色の壁には、青が印象的なシャガールの絵が掛けられていた。女性と鮮やかなオレンジの馬が空に浮く幻想的な絵。もし魔法の国があれば、こんな色彩豊かな世界が広がっているんだろうと勝手に妄想してしまう。


ヤバイ。私がここにいるのは、場違いかもしれないと思うものの、いつもの常連の振りをして雑誌をパラパラとめくり、好みのヘアスタイルを選ぶ。


でも、それを美容師にお願いする時に限って妙に恥ずかしくなってしまうのだ。無難な髪型の方が目立たなくていい、といつもの根暗な性格が邪魔をしてくる。


──この可愛いボブにしてみようかな。どうしよう。丸顔なら似合うと書いてあるし。雑誌を顔に近付けて、にらめっこしていた。


「──お次の方ー、ツグミさんどうぞー」


店員が明るい声で私の名前を呼んだ。


「あっ! はい」


突然呼ばれて、焦ってしまい雑誌を落としそうになる。

美容室はある意味魔法の場所だ。カリスマ美容師の手にかかれば誰だって綺麗に美しく変身出来るのだから。


「今日はどうなさいますか?」


 私の選んだ髪型が、美容師の人に似合わないとか思われたら嫌だな。ついそんなことを思い浮かべてしまう。それでも手にした雑誌を震えながら指差してみた。


「あ、あのっ、これで……」


私は冒険する事に決めた。ミディアムボブヘアーを選んだ。


「こちらですね!」


 美容師は雑誌と私の顔を交互に見ると、雑誌を静かに閉じてテーブルの上に置いた。


 この人、写真見ないのかな……。


 くぅ……。やっぱりちゃんとやってもらえない。目を閉じて諦めかけた。その時──。


 「ツグミさんに魔法をかけて差しあげますからねっ!」


 年配のピンクの髪の美容師が目をキラキラと輝かせる。


魔法? もしかしたらこのふくよかな女性は凄腕の美容師で指名が沢山入るような人なのかもしれない。勝手に落ち込んでたけど期待がどんどん膨らんできた。


でも、話をするのが苦手なので、わざと軽く目を瞑り終わるまで寝たふりをした。


「終わりましたよ! どうですか? 後ろ髪も見てくださいね!」


 美容師が後ろ髪をカラフルな宝石の付いた鏡で写し、私は淡い黄色の壁に埋め込まれた等身大の楕円形のドレッサーミラーで確認する。


 ──素敵! 今までこんな似合う髪型に切ってもらったことない! 変なことばかり考えてごめんなさい。


「……」


嬉しくて言いたい事は山ほどあるのに、言葉が思うように出てこない。


「お似合いですよ」


 美容師は優しくニコッと微笑む。


「良かったら写真を壁に飾りたいんですけど宜しいですか?」


ドレッサーミラーの上にはアイドルの写真やモデルの様な綺麗な女性の写真が並んでいる。この横に私の写真を並べるの?


私って本当は超絶美少女だったんだ。鏡に写る自分の姿を見て惚れ惚れする。


「あはは……──ありえない! 私じゃないみたい……」


 そう小声で呟いた瞬間、美容師の持つ鏡が線香花火の様にバチバチっと光り、それがドレッサーミラーに反射した。眩しくて思わず目を瞑る。


──そしてゆっくりと目を開けると、


翼の生えた二羽の縞馬が琥珀色の天空を大きく旋回し、カラフルな髪色の人たちが大通りを歩いている姿が目に入った。


「あれっ…… ?」


私は瞬きを繰り返す。けれども先程までの、螺旋階段、ドレッサーミラー、色彩の綺麗な絵画のどれ一つとして見当たらなかった。


どこに消えた? 涼しい風が体を通り抜け、食べ物の混ざった香りが漂う。それにしても美容院はどこへ?


 目を落とせば真っ白な砂利が敷き詰められており、市場の大通りがずっと先まで続いていた。


 男性は頭にターバンを巻き、服はダボダボ、他の売店の人達も同じような身なりをしていた。


その一方で、女性は肌が透けて胸がふっくらと見える様な衣装を纏っている。何この破廉恥な服。


もしかして私浮いてる!? 白のTシャツに黒のショートパンツ、こんな格好ではあまりにも目立ちすぎる。自分と周りの服があまりにも違いすぎているのだ。


 ──ポツンと1人大通りに立ち尽くしてた。

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