08
「エミリ、ユミル、すまないが何かもらえるかな。」
「まあ、お館さま。おっしゃっていただけたら、工房へ届けましたのに。」
「ミートボール入りのスパゲッティならすぐにできますよ。」
オリビアや使用人達の目を盗むようにして厨房へ顔を出したクライバンを、獣人族の二人の料理人は歓迎した。
「ありがとう、頼むよ。」
クライバンは自身の厨房の定位置である樽の上に腰掛けた。
昨晩の鴨肉のローストと比べると、男爵家の食卓に出すにはずいぶん大衆的な料理だが、二人はクライバンの好物のミートボール入りのスパゲッティはいつでも出せるように必ず準備しておいてくれる。
「昨日はお暇をいただきましてありがとうございました。」
「転送の通行手形まで都合してくださって。」
エミリとユミルはペコリと頭を下げた。
「一日と言わず、ゆっくりしてこればよかったのに。」
気前の良い主人は、スパゲッティを頬張りながら若い料理人を気遣う。
「いいえ、一日でも長いくらい。すぐにお屋敷が恋しくなりました。」
「でも、おかげさまで、お父さんとお母さんのお墓参りに行けました。」
「そうか、良かったね。」
クライバンは満足そうに微笑んだ。
深くえぐれた傷に、元々のいかつい顔がにやりと笑うので、知らない者が見たらさぞ震え上がることだろう。
しかし、エミリとユミルには、これ以上無いくらいに優しい顔に見えるのだった。
獣人族の子は人間と違い成長が早い。
ここへ引き取られて来た七年前はほんものの仔猫と見分けがつかないほどだった二人だが、修行の甲斐あって今では立派な料理人になった。
両親は炭鉱近くで大衆食堂を営んでいたが、火薬の暴発に巻き込まれ、幼い二人だけが残された。
「お前を捨てた女がヨソで作った子供に何の義務があるんだ。」
アンドルーは言ったものだ。
「子供に罪はない。誰かが世話してやらないと。」
何の迷いもなくそう言うクライバンに、アンドルーは首を振るしかなかった。
ふたごころのないクライバンの慈悲に聖女様は祝福をたれ給われたのだろう、二人の成長と共にクライバンの心も癒されていった。
エミリとユミルが獣人族の父親の血を強く受け継いでくれたおかげで、二人に恋人の面影を見ることもなかったのも幸いした。
今では恋人の顔を思い出そうとしても、尖った耳とふさふさの尻尾を持つ二人の女の子の顔しか浮かんでこない。
恋人の得意料理だったミートボール入りのスパゲッティも、もはやエミリとユミルの十八番になっていた。
「お母さんの命日にお嫁さんがいらっしゃるなんて、不思議な縁ですね。」
「ぶっ。」
ユミルの言葉に、クライバンは頬張っていたスパゲッティを吹き出した。
「げほっ。な、な、」
「オリビアさんはお館さまのお嫁さんなんでしょう?」
エミリも言う。
「ちょっ……まっ……いてっ、畜生、鼻にまわった。」
「どうしてお会いにならないの? オリビアさんが可哀想よ。」
「さっきも、お館さまに言われた通りに伝えましたら、それはガッカリなさっていたわ。」
二人の料理人は口々に言った。
「うん……。」
クライバンは答えに詰まる。
もちろん、二人にも、クライバンが躊躇する理由は痛いほどにわかっていた。
エミリとユミルはクライバンの両脇に寄ってきて尻尾を腕に絡ませた。
「お館さまはとっても素敵よ。」
「きっと、オリビアさんも大好きになるわよ。」
「ありがとう。」
クライバンが二人の頭に両手をぽんと乗せると、エミリとユミルは気持ちよさそうに目をつむった。
「でも」
ふと、ユミルが口を開いた。
「オリビアさんは、お館さまのこと、おトイレの介助をしないといけないくらいのお爺ちゃんだと思ってるみたいよ。お館さまのおまるがどうとかおっしゃっていたわ。」
「はあっ!? 」
「本当のお爺ちゃんになっても安心ね。良かったわねえ、お館さま。」
エミリもにっこり笑った。
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