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05

 


 女中頭が寝泊まりするために建てられた屋敷の敷地内にある小さな一軒家の木戸には、ブラックベリーが絡みつき白い花をたくさんつけていた。


 前任の女中頭の趣味であろうか、部屋の中は狭いながらも古くて品の良い家具がしつらえてあり、オリビアはこの家をひと目みて気に入った。


 ふと、花束がテーブルの上に置かれているのに気がつき、オリビアはテーブルに駆け寄った。


 その花たちは、色も形も聖都の花屋で見かけるような華美なものではない。


 オリビアが来た森の道にもたくさん咲いていた草花だった。


「これはもしや、クライバン様からでしょうか?」


「さあ、たぶん。」


 苦虫を噛み潰したような顔でアンドルーは答える。


 お館さまときたら、相変わらずこちらが恥ずかしくなるくらい幼稚な真似をする。


 子供じゃあるまいし、こんなものを贈っても聖都の女が喜ぶはずがないではないか。


 しかも、添えられているカードには、


『オリビアへ』


 と、たどたどしい字で記されている。


 職人上がりのクライバンは読み書きもおぼつかないのだ。



 しかし、花束を手に取りオリビアは声を弾ませた。


「嬉しゅうございます。お目通りもかなわず、もしや失望しておられるのかと不安に思っておりました。」


 そして、オリビアは筆跡など眼中にないようで、カードに唇を押し当てた。


「アンドルー様、クライバン様にお花のお礼と、お会いできる日を楽しみにしていますとお伝えいただけますか。」


「伝えよう。」




 やれやれ、面倒な事になっちまった。


 家を出たアンドルーは溜め息をつく。


 うちが頼んだのは女中頭で、花嫁ではない。


 オリビアに一言そう言えば済む話ではあるものの、すっかりのぼせてしまったクライバンや、その辺に生えている草っぱを束ねただけの花束を見てこんなに喜んでいるオリビアを前に、とてもそんな事を言う気にはなれない。


 かと言って、このまま知らんぷりしてオリビアを貰い受ける訳にもいかない。


 公爵家と男爵では元々の格も違うし、後から持参金目当てに無理矢理誘拐したなどと根も葉も無い事を言う奴が現れないとも限らない。


 だいたい、いきなり花嫁ただひとりを寄越してきて、アリントン家は何を考えているのだろうか。


 アンドルーが思いを巡らせていると、さっと影がよぎるのを見た。


 何者かが闇に紛れてオリビアの家の様子を伺っている。


 アンドルーはさらに憂鬱になった。

 



 オリビアは寝室の窓を開けて夜風を部屋に入れた。


 使用人達と共にいた屋敷の中の賑やかさが嘘のようで、風が草木を擦る音や、遠くのほうで鳥か獣の鳴き声がかすかに聞こえるのみだ。


 この静けさも、先ほどの屋敷の賑やかさもオリビアには好ましく思った。


 贈られた花束に顔を寄せると、ほのかに香る甘い匂いに心がこそばゆくなる。


 淡い色の小さな花をたくさん束ねたその花束は、温室咲きのバラや蘭なんかよりもずっとこの可愛い部屋に似合っていたし、贈り主の飾らない優しさを感じさせた。


 自分の名前が記されている、こんなカードを贈られたのも初めてだ。


 オリビアは花束から花を一輪抜き取り、カードと共に母の書物に大切に挟んだ。



 思えば、母を亡くしてからは、オリビアに何かを贈ってくれる人などいなかった。


 「あの人はずいぶんと我儘にお育ちになったようで、あたくしの与えるものはお気に召さないみたいです。これ見よがしに母親のお古のドレスなんかまとってさ。」


 年ごろの娘をどう扱って良いのかわからない父親のアリントン公爵は、妹のベロニカとは似ても似つかない粗末な装いをしているオリビアを見ても、後妻のそんな言葉を鵜呑みにしていた。



 寝支度を整えたオリビアは部屋の明かりを消し、窓辺に立った。


「お母さま、聖女さま、クライバン様がいつまでも健やかであらせられますよう、ご加護を賜り下さい。

願わくば、クライバン様にお会いできんことを。」


 窓から空を見上げ、オリビアは母の書物を携え祈りを捧げた。



 

「自分の屋敷なんだから、どこにいようとも俺の自由だ。」


 誰に聞かれた訳でもないのにクライバンは自分に何度も言い聞かせ、オリビアの家の周りを行ったり来たりしていたが、家の灯りが消え、窓からオリビアが姿を表すと、とっさに身をひそめた。


 新月の夜で辺りは闇だが、夜目のきくクライバンには、髪を下ろしたオリビアの姿をありありと見ることができた。


 何という美しさ。


 まるで不老不死のエルフのようだ。


 ずっと前に、聖女の姿を一度だけ、とても遠い場所から拝謁した事がある。


 畏れ多く面をあげることすらできなかったが、気高いそのお姿は今も心に焼きついている。


 しかし、闇の中に白く浮かんでいるオリビアはその聖女様をも凌ぐほどだ。


 あんなにきれいな人が俺のために祈りを捧げてくれている。


 我を忘れて見入っているうち、思わず踏み出した足が小枝を踏んでしまい、ぽきりと音をさせてしまった。


「どなた?」


 下着姿だったオリビアは、はっとして手で胸元を隠した。


 さくさくと足音が遠ざかるのみで、その問いに答えるものはいなかった。



 お読みいただきありがとうございます!


 いいね、ブックマークありがとうございます。励みになります。


 徐々に新キャラが登場して二人に絡んでゆきますので引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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