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04


 ここの土地では鴨料理は特に珍しいものではないが、手早く血抜きされた新鮮な鴨肉のローストはやはりご馳走だ。


 使っている調味料は、クライバン家はおろかこの辺りの家庭ならばどこの台所にもあるような香辛料やハーブだが、オリビアの鴨料理は使うタイミングや量でいつもよりずっと洗練された味になっている。


「うちの料理人もなかなかの腕だが、ちょっと修行に出す必要がありそうだな。」


 聖都の貴族出身のアンドルーでさえも、鴨肉を味わいながら密かに考えた。

 

 クライバンは味も何もわからないから、あの可愛らしい娘が自分のために首を落とし羽をむしって臓物を引きずり出してくれた鴨肉というだけでありがたがってむさぼり食べている。



「お館さまはいたくお喜びであった。今後もよろしく励むようにとのお言葉をちょうだいした。」


 アンドルーは調理場で皆に混じって働いているオリビアにそう声をかけた。


「まあ、クライバン様が?」


 オリビアの邪気のない瞳がぱっと輝いた。


「あのう、お目にかかることは叶いませんでしょうか。」


「お館さまはお忙しい身だから、すぐに仕事に戻られた。そのうちにお会いできるだろう。」


 オリビアの申し出に、アンドルーは事務的な返事をする。


「はい。」


 オリビアは落胆した姿を人に見せまいとまた忙しく働きはじめた。


 お忙しいのならば仕方がない。


 怠け者の旦那さまよりもずっと良いではないか。


 これからずっと一緒にいられるのだから、お目にかかるのが今日だろうが一週間後だろうが、大した違いはないのだ。


 オリビアはそう自分に言い聞かせた。




「お館さまのお顔をご覧になった?」


 女中の中でいちばん若いレベッカがオリビアに尋ねた。


「いいえ。」


「人嫌いなのよ。いつも工房に篭りきりで、私もお姿をお見かけするのはひと月にいっぺんあるかないかよ。見かけたら幸運が訪れるって言われてるくらい。」


「まあ。」


 オリビアは少し安心した。


 クライバン卿はドワーフの血を引くと聞いているが、ほとんど妖精扱いされているではないか。


 ずっと勤めている使用人でさえそうなのだから、妻になるとは言え、他所者の自分がおいそれと会える訳がない。


「もし、見かけてもびっくりしないであげてね。きっと噂に聞いている以上に驚くと思うけれど、お館さまが可愛そうだから。」


 レベッカは声を落とした。


「そんなことしないわ。」


 オリビアは少し声を尖らせた。


「良かった。とても良い方なのよ。たぶん……実はよくわからないんだけど。ほら、城代さまの他は、先日辞めた女中頭のリンドおばさんが、お館さまと私達使用人の橋渡しをしてくれていたもんだから。」


「それなら、私がお館さまと皆さんの橋渡しができるように努めますわ。」


 オリビアは言った。


「頼りにしてるわ、オリビアさん。」


「私達にできることがあったら何でも言って下さいね。」


 まさか目の前の娘が公爵家の令嬢であるばかりか、クライバン卿と結婚をするためにここへやって来たなどと夢にも思わないレベッカや他の使用人達は、口々にそう言った。




 クライバン家の使用人は通いで奉公に来ているから、屋敷内に寝泊まりしているのは主人のクライバンの他は城代のアンドルーと女中頭のみだった。


 オリビアはアンドルーに前の女中頭が使っていた離れの小さな家に案内されたが、ここへ通すのにもクライバンとアンドルーの間で一悶着があった。


 


「無礼者! 俺の花嫁を女中部屋に住まわすのか!?」


 声を荒げるクライバンに、アンドルーは言い諭す。


「お館さま、しっかりして下さい。あの者は花嫁などではありません。女中頭です。女中頭が女中部屋に住まないでどうなさいます。」


「しかし、怒って実家に帰ってしまったらどうするんだ。」


「女中部屋を与えられて怒る女中なんかこっちからお断りです。」


「まあ、しかし、まだ正式に結婚した訳ではないのだし、婚姻前にひとつ屋根の下に暮らすのは良くないよな。」


「全然話を聞いていませんね。」


 うんざりして部屋を出ようとするアンドルーを、クライバンは


「待て」


 と呼び止めた。


「お前が案内するのか?」


「何か問題でも?」


 家臣らしからぬ口ぶりでアンドルーは尋ねる。


「いや、ほら、お前は俺と違って女にモテるから……あんまり仲良くされたら、お前のことを……それでなくとも、お前を見た後に俺と会っちまったら、落差にガッカリされるかも…… 」


「いい加減にしろ!」


 ついにアンドルーも堪忍袋の尾がキレた。


「この俺が女中に手を出すとでも思っているのか!? 」


 昔の旅仲間で平民出の男爵といえど、普段は礼を欠かさないアンドルーだが、基本的にクライバンは剣術でも何でもアンドルーには敵わない。


 ちょっと強く言われただけでクライバンはたじたじになってしまう。


「い、いや、そう言うわけでは……しかし、万が一ということも…… 」


「そんなら、あんたが案内したら良いだろうが! 女中部屋だろうが、あんたのベッドだろうが、好きなところへ連れて行け! さあ、行け! 行ってこい!! 」


「しゅ、主人にそんな言い方、……する?」


 口を尖らせしょんぼりと呟くクライバンに返事もせず、アンドルーは荒々しく部屋の扉を閉めた。




 お読みいただきありがとうございます。


 良いね、ブックマークありがとうございます。


 皆さんが考えておられる以上に励みになっております。

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