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「あー、面白くもない。こちとら、田舎のおっさん男爵の恋路に付き合うほどの暇人じゃないってんだよ。」
「だったら、さっさと帰れよ。」
剥き出しの長い足をテーブルに投げ出し、ワインボトルを片手にぼやくファン・シアーに、アンドルーはそっけなく言った。
「残念でした。こんな夜中じゃ修道院の門はぴったり閉じてますよーだ。誰かさんが引き止めるもんだから。」
ファン・シアーは何故か勝ち誇ったように言った。
村から辺境の城への移動は修道院の聖堂に描かれた魔法陣を使う他はない。しかし、修道院の門は日没から日の出までは閉ざされているのだった。
「叩き起こしゃあいいだろうが。聖戦士殿の要請とあらば何時でも何処へでも転送くらいしてくれるだろうに。」
「嫌だよ。私はただでさえお坊さん達に良く思われていないんだ。訪れる度に顔を背けられるから、ちょっと傷ついているんだぜ。きっと、私の身体に染み付いた血の臭いがそうさせるのだろう。悲しい性だ。」
アンドルーは寂しそうに首を振るファン・シアーを冷めた目で睨みながら、善良で勤勉な村の修道士達に同情を寄せた。
禁欲の誓いを立てた彼らの前をこんな美女に半裸でウロウロされてはさぞ迷惑な事だろう。
「しかし、おっさんが所帯を持つとなると、いよいよあんたもお払い箱かもな。」
ファン・シアーはニヤニヤしながらアンドルーを見る。
「ま、そうなったらウチで面倒見てやるから心配すんな。しかし、あんたは何で結婚しないんだろうな。」
そして、ふぁああ、と大きな欠伸をすると、そのままうとうとと舟を漕ぎはじめた。
「こんなところで寝るな。客用の寝室を使わせてやるからそっちへ行け。」
「めんどくさい。いいよ、ここで。」
「俺が困る。まだ色々とやる事がある。」
アンドルーがファン・シアーの腕を引くと、ファン・シアーはそのままアンドルーへ身体を委ねた。
「まったく。」
アンドルーはファン・シアーを抱きかかえ、執務室を出た。
クライバンとオリビアが屋敷の外に出ていてくれて助かった。こんなところを見られようものなら、何を言われるかわかったものではない。
「何だか私の周りが変なんだ。」
アンドルーに抱かれながら、ファン・シアーはぼんやりと呟いた。
「ほんのちょっとした事なんだ。いつもある筈のものがそこになかったり、家畜の病気の治りが遅かったり。」
「うん。」
「あの時もそうだった。最初は噂話にもならないような、取るに足りないことから始まった。でも、魔王はちょっとずつ人の心を蝕んで、だんだん手に負えなくなってきた。気がついたら。」
アンドルーのファン・シアーを抱く手に力が入る。
「取り返しのつかない事になっていた。魔王でも魔物でもない、人の手によって村は焼かれ、父も兄も死んじまった。生き残った家族もばらばらになった。」
豪傑で知られるファン・シアーだが、実はひと一倍臆病だと言う事を、アンドルーは知っていた。
辺境の地に最前線で闘うのも、数々の冒険に挑んでいるのも、皆、恐怖故だということも。
聖女の勅命を受け、聖戦士ゾゾム・ファン・シアーが魔王討伐の一行に加わった当時、彼女はまだほんの少女に過ぎなかった。
それなのに、民衆は凛々しく屈強な彼女に熱狂し、彼女もそれに応えた。
しかし、彼女は幾夜にもわたり悪夢に苦しめられた。夢の中で、毎晩のように故郷の村を焼かれ、家族を失い、絶望を味わっているのを、アンドルーは知っていた。
「今のところ心配するような事はないと思う。けど、気をつけているから何かあったら早めに手を打つ。」
「アンドルー、あんたは本当に頼りになる。結婚していなくて本当に良かった。家族がいたらこんなふうに頼れないから。」
客用の寝室のベッドに横たえられたファン・シアーは、子供のような無垢な微笑でアンドルーに応え、そのまま寝息を立て始めた。
運命の恋人には出会った瞬間にそうとわかる、という話はまやかしに過ぎないと、アンドルーは考えている。
わかったところで、何もならないとも。
アンドルーは、ベッドの傍に椅子を寄せ、金色に光る絹のように艶やかな髪に囲まれたファン・シアーの寝顔にしばらく見入っていた。
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