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慣れない酒のせいで意識を無くしただけなので、本当はすっかり元気を取り戻しているクライバンだったが、愛しいオリビアがかいがいしく世話してくれるのが嬉しく、しばらくそのままベッドに転がっていた。
野宿は好きだし、工房に置いてある干し草の簡易ベッドも気に入っている。
しかし、先日オリビアが替えてくれたばかりのふかふかの羽布団に包まれ、愛する人の優しい眼差しに見守られるているのは天空に棲む心地だ。
西の果ての川を渡った先にあるエルフの棲まう国と言えども、ここまで快適ではあるまい。
思えば、オリビアがこの屋敷を訪れた頃からいつもにも増して精霊たちをより強く身近に感じるようになった気がする。
きっと、ふたりを祝福してくれているのに違いない。
スープ鍋を持って寝室に現れたオリビアと共に、ますます彼らの強い気配を感じたクライバンは、満足そうにそう考えた。
それにしても。
「オリビア殿、ずいぶん変わった物を鍋敷きにお使いですな。」
「ああ、これですか?」
怪訝な顔でスープ鍋の下に敷いてある物を見ているクライバンに、オリビアは何気なく答えた。
「母の形見の書物です。私の唯一のお嫁入り道具。」
「お、お母上の形見を鍋敷きに?」
クライバンは少々面食らった。このお嬢さんは可愛らしい顔をして意外と罰当たりな事をするな。
「魔法がかけらているからとても丈夫で、燃やしても燃えないし、濡らしても破れないし、鍋敷きに、まな板に、お漬物石にと何かと調法なんです。」
丈夫という理由だけで書物を鍋敷きやまな板に使うとは、オリビアはしとやかな令嬢に見えて、案外、ファン・シアー側の人なのかも知れない。いや、それならそれで付き合い易いし別に良いのだが。
それよりも、精霊の気配をより強く感じるのは魔法の施されたこの書物のせいか、と、クライバンは合点がいった。
オリビアの父、オリバー・アリントン公爵は優れた魔導士だと聞き及ぶ。
それにも関わらず、オリビアには魔力と呼べるものは備わってはいないようだ。母を亡くし、生家で肩身の狭い思いをしてきたのも頷ける。
「お母上を亡くされて、さぞお辛かったでしょうね。」
「はい、父から母は旅先ではやり病にかかって死んだと聞かされた時は信じられませんでした。病気が広がらないように、遺体はその場で燃やしたとか。母はどこへ行くにもこの書物を携えていたのですが、虫の知らせでしょうか、その時は屋敷に置いたままになっていたのです。」
「不思議な話だ。魔法の力でしょうか。差し支えなけれ後で拝見させていただけまいか。」
「もちろんですわ。でも、その前にスープをお上がり下さいな。」
「かたじけない。では、いただきましょう。」
クライバンはオリビアが鍋から皿に盛ってくれたスープを受け取ろうと手を差し出したが、オリビアはこちらに皿を回してくれない。
それどころか、
「私達は、結婚を控えた恋人同士なのでしょう?」
出し抜けにそんな事を言った。
「くうっ!」
クライバンは思わず眉間に手を当てた。
「どうなさったの? クライバン様。」
「いや、すいません、目頭が……その通りです。俺達は結婚を控えた恋……!」
感極まりそれ以上言葉が出てこない。
「なのに、私達はあんまり恋人同士には見えませんわ。」
「うっ。かたじけない。確かに、令嬢と下男のおっさんにしか見えない。」
「そう言う事ではありませんわ! それに、クライバン様はおっさんなどではありません!」
「それでは、いったい……。」
おっさんではないとしたらお爺さんだろうか。クライバンは恐る恐る尋ねた。
「少しはふたりで恋人らしいことをしたいですわ。」
「それはどう言う……?」
オリビアは、ふふっ、と笑うと、口をあーんとあ開け、スープをすくったスプーンをクライバンの顔の前に突き出した。
「はい、クライバン様、あーん。」
「うあっ。」
マルカム・クライバン、本日二度目の悶死。
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