02
「お館さま、お館さま。」
工房の扉を激しく叩く者がいる。
使用人達はクライバンが仕事中に邪魔が入るのを嫌うことを知っているから、こんな事をするのは城代のアンドルーくらいだ。
それどころか、アンドルーは入室の許可も得ずに扉を開けて工房に入って来た。
「お館さま、大変でございます。」
城代と言っても、元々アンドルーは貴族の次男として生まれた騎士で、クライバンとはかつて共に戦った仲間でもある。
馬術学校を出た体裁だけのチャラチャラした騎士とは違い、剣の腕はクライバンも敵わないほどの歴戦の戦士だが、クライバンが爵位を賜わり屋敷を与えられた折、自ら城代を買って出た変わり者で、互いに気心の知れた仲だ。
そのアンドルーのこの慌てようは只事ではない。
クライバンはアンドルーから動揺の訳を聞いた。
「はあっ!? 婚儀!? その人は本当にそう言ったのか!? お前、勘違いしたんじゃないの?」
クライバンの頓狂な声に
「間違いなんかじゃございませんよ。はっきりとそうおっしゃいました。」
アンドルーはきっぱりと言う。
なるほど、滅多な事にも動じないアンドルーが慌てるだけの事はある。
「うーむ。俺は単に使用人を取り仕切る女中頭を一人紹介してくれるよう頼んだだけだったのだが、花嫁を都合してくれるとは。さすが聖都の公爵家ともなると心にくいことをしてくれる。」
所詮は成り上がりのクライバンは、貴族のしきたりなど解らないから、妙に納得して感心している。
「何をおっしゃるのですか。そんな気の利かせ方がありますか。どうやら、行き違いがあったようです。人づてに頼んだのが間違いでした。」
アンドルーが頭を抱える。
そう、クライバン家ではずっと居てくれた女中頭が高齢を理由に隠居してしまったので、屋敷に留まり働いてくれる人を探していた。
そんな折、アリントン公爵家の使用人達が他所の勤め口を探していると伝え聴いた。聖都の公爵家の使用人ならば、下っ端の女中でも田舎屋敷の女中頭くらい充分に務まるだろうと、かなりの額の支度金を用意してことづけたのだった。
それが、どこでどんなふうな間違いがあったのやら、アリントン家は何の前触れもなく女中のかわりに花嫁を寄越して来たと言う。
「そ、それでその娘だが。」
クライバンはアンドルーに尋ねた。
「はあ。」
「どんな娘だった? その、か、顔だちとか。」
「美しい娘でございましたよ。それに大層しとやかで、立ち振る舞いもまるで貴族の御令嬢のようです。自らをアリントンと名乗っておりましたが、アリントン公爵家の血縁の者でございましょうか。着ているものは粗末な物でしたが。」
「う、う、うつくしいのか!?」
クライバンは思わず身を乗り出してしまう。
「はい、とても。間違いとは言えあんなにきれいな娘がなぜお館さまとのご結婚を承諾……いえ、失礼いたしました。」
アンドルーはコホンと咳払いをした。
「その娘はいまどこに?」
「使用人達の控室に待たせています。」
「はあっ、俺の花嫁を使用人の控室に!? そんな無礼なことを!」
「お館様まで何をおっしゃるのですか。そんなの募集してないでしょ。女中頭なら使用人の控室で充分ですよ。どちらにせよ、早いところ誤解を解きませんとね。」
「ま、待て、ちょっと待て!」
では、と踵を返して工房を出ようとするアンドルーをクライバンは慌てて引き止めた。
「はあ?」
「いや、何て言うか、せっかくその気になってくれてるのに、ガッカリさせたら悪いって言うか……何だその目は。」
「別に。」
アンドルーは冷たい一瞥を主人にくれる。
クライバンは昔からそういう奴だ。
マルカム・クライバンは優れた職人である以上に、聖都におわす聖女様や、勇者殿に忠誠を誓った誇り高き戦士だ。
しかし、女が相手にしないと言うだけで、世間は彼を欠陥品のように嘲笑う。
そして、誰よりもそう感じているのは、他でもないクライバン自身だ。
しかも、使用人とすれ違うのさえ怖がるくらいに女が苦手なくせに、惚れっぽいというか、いつもどこかで期待しているところがある。
最終的には自分が傷つくことになったとしてもだ。
「何はともあれ、余もその娘に会ってみるとしよう。仔細はそれからだ。」
クライバンは主人の威厳たっぷりにおごそかに言おうとしたものの、緊張のため声がうわずってしまった。
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