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……ビア殿。
自分の名が呼ばれたような気がしたが、オリビアは目の前の薪を割る手を休める事は無かった。
夢の中だろうが、起きている時だろうが、クライバンが繰り返し現れ、オリビアの名を呼び愛を乞うのだが、それがただの自分の想像に過ぎず、その度にオリビアは絶望する。
「女中頭などおこがましゅうございますが、いち女中として、精一杯お勤めさせて頂きます。」
クライバンから真相を告げられた翌日、オリビアはアンドルーの元を訪れ深々と頭を下げた。
アンドルーはオリビアに歩み寄り、跪いた。
「どうか頭をお上げ下さい。拙者こそ、貴女様を公爵家の御令嬢と知りながらのこれまでのご無礼の数々、申し開きもできません。」
「公爵家の令嬢……。」
オリビアはぼんやりと呟いた。
「お恥ずかしゅうございます。アンドルー様もご承知の事と思いますが、私はアリントン家の長女として産まれましたが、令嬢でも何でもございません。ただのオリビアでございます。
ここを出ても他に行くところもございません。恥を偲んでお頼み申します。どうぞここに置いて下さいませ。せめて、義母にお支払いになった支度金をお返しするまでは。」
そう言って頭を下げるオリビアは、若々しくはつらつと動き回っていた昨日までの姿とは別人のようで、いじめられ傷ついた小さな動物を思わせた。
「お館さまは拙者に仰せになりました。オリビア殿が望むならば、好きなだけここに居ても良いと。もちろん、女中の真似事などする必要はございません。どうぞ、楽になさって、お好きな事をなさって下さい。」
「ありがたいお言葉、痛み入ります。」
オリビアはもう一度頭を下げた。
しかし、アンドルーの言葉にもかかわらず、オリビアは相変わらず屋敷の中で、外で休みなく働いた。
私はあくまでも客人として扱われている。お優しいクライバン様のお情けで、哀れな娘を保護しているだけなのだ。
あなたこそが私の愛しい花嫁だ。
クライバンが跪いてそう言ってくれることを未練がましく期待している自分を恥じ、何も考えなくて済むようにと朝から晩までひたすらに身体を動かし、夜は母と聖女に祈りを捧げる事もなく、丸太のように倒れて眠った。
オリビアはもうベロニカの呼びかけにも応えない。
心を閉ざされてしまってはベロニカの魔法ではオリビアの元へ訪れる事が出来ず、ベロニカは大好きな姉に会えない苛立ちをアンドルーにぶつけた。
「お宅の大将は一体、何を考えているの? 何でもかんでもバカ正直に言えば良いってもんじゃないでしょう? 悪気がない分、うちのお母さんよりタチが悪いわ!」
「いや、面目ない。」
アンドルーは頭を掻きながら小さな友に詫びを入れる。
「もう少しだけ、待ってやってくれないか。おっさんの心は複雑なんだよ。」
「自分だっておじさんでしょ。」
ベロニカはぷりぷりしてアンドルーに言った。
「これほどの薪を用いておっさんは何を始めるつもりなのだろうか?もしや、武器を大量に生産して謀反を企てようとでもいうのか?」
クライバンから依頼された宝石、黄水晶を手に入れたゾゾム・ファン・シアー辺境伯は、一昨日にもクライバンの工房を訪れたものの、彼はこちらを見ようともせず、一心不乱にファン・シアーの白金の剣を鍛え直していた。
ファン・シアーは声をかけることもできずにその場を去り、今日こうして出直して来たのだが、屋敷を訪れる度に増えてゆくおびただしい薪を見て、心配そうに呟いた。
どうやら、ファン・シアーが初めてこの薪の山に気づいた時と同じ若い女の使用人が全ての薪を割ったようだ。
女は疲れる事を知らず、黙々と薪を増やしているその姿は、脇目も振らずに剣を鍛えるクライバンと重なった。
……ビア殿。
再び、自分の名が呼ばれたような気がしたが、オリビアは薪を割る手を休める事は無かった。
オリビア殿!
空耳に名を呼ばれるたびに首を振りながら斧を振り下ろす。
オリ、
ビア、
さん!!
誰かが斧に手をかけ、オリビアの動きを止めた。
オリビアがはっとして手の主を見やると、顔に鮮肉の覗く赤黒い顔のおっさんが、ぎらぎらと血走った目でオリビアを見つめていた。
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