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SAIGA《サイガ》  作者: 大西アキラ
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第9話 「仏の黒川」

黒川如水くろかわにょすい


年齢、四十三歳。


身長、百七十一センチ。


体重、六十五キロ。


裏社会での通り名は、「仏の黒川」である。


では、なぜ「仏」なのか。


優しいからか。


紳士だからか。


いや、違う。


違うのだ。


その秘密はその笑顔にあった。


虫も殺さないような仏の笑顔に騙され、幾多の格闘家達が壊されたことであろうか。


人間の表情程、相手側に伝わる感情表現はあるまい。

喜び・怒り・悲しみ・楽しさ、相手の表情をじっくり観察することで、どんな感情も認識することができるからだ。


しかし、黒川如水の表情は常に笑顔であった。


怒りの表情も笑顔。


悲しみの表情も笑顔。


全ての感情表現が笑顔であった。


なぜなら・・・笑顔しか作れない体になっていたからである。


原因は幼少の頃にあった幼児虐待であった。


何時からだろうか。


思い出してもはっきりとはわからなかった。


ただ言える事は、意識を感じる頃には暴力を振るわれていたようだった。


母親と父親に毎日のように暴力を振るわれていた黒川は、なぜ殴られるのかがわからなかった。


悪いことをしたのだろうか。


気に障った事を言ったのだろうか。


考えても答えは出なかった。


回りの友達を見てもその様なことは一切なかった。


黒川は両親の暴力に耐えた。


しかし、子供が頼ることができる唯一の存在である両親に、暴力を振るわれることは精神的に耐え難いことであった。


黒川は子供ながらに全身全霊で考えた。


いや、本能がそうさせたのだろう。


そして、出た答えが・・・。


笑顔。


どんなことをされても笑っていれば暴力を避けられると。


笑顔を作ることで両親から暴力を振るわれることを少しでも避けたかった。

暴力を振るわれている時でも、笑顔を作ることで両親に自分は大丈夫だとアピールした。


自分をもっとかわいがって欲しい。


自分の存在を認めて欲しい。


しかし、暴力は終わらなかった。


いや、終わるどころか、笑顔を作ることでさらなる虐待を受けることになった。


理由は、その笑顔が気持ち悪いと・・・。


黒川の精神はすでに限界を超えていた。


ある日。


黒川は家で飼っていた犬が老衰で死んだので、庭の大きな木の下に埋めることにした。

両親は犬のことなどおかまいなしに、昼間から酒を飲んであいかわらず暴れていた。


黒川は穴を掘って犬を埋めた。


両親に暴力を振るわれていた黒川にとって、その犬は唯一の友達であり家族だった。


両目からは涙が溢れ出て、滝のように流れた。


黒川は犬の墓を作った後、てくてくと家の中に戻ろうとした。


その時。


黒川は愕然とした。


ガラス戸に写っている自分の表情を見て驚愕したのだ。


そう・・・。


なんと・・・笑っているのだ。


これほどの悲しみを心に抱いているのに、表情は笑顔であったのだ。黒川は両手で顔を覆って泣いた。


そして、黒川如水は笑顔しか作れない体になったのである。


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