第57話 「暗器」
一方。
香川浩介と鈴村光兵は睨み合ったまま動かない。
香川浩介。
身長、百八十五センチ。
体重、百五キロ。
年齢、二十六歳。
顔はハンサムで、どこかの雑誌のモデルにでも十分なれそうな外見である。
しかし、首は太く、胸板は尋常ではないほどの厚さを誇っている。腕もかなり太く、血管が隆々に浮き出ている。
そして、裏社会「暴武」部門の世界において、期待のルーキーでもある。
自分の快感の為に相手を壊す!!
別名「快楽の狂戦士」「サディスト香川」。
鈴村光兵。
身長、百八十七センチ。
体重、八十九キロ。
年齢、三十歳。
金色に染められた髪が特徴であり、顔は堂顔で可愛らしい。
しかし、その肉体は戦う為に作り上げられた、アスリート級の筋肉で包まれている。
そして、裏社会「暴武」部門において、その強さは上位から数えて十本の指に入る程の強者でもある。
相手を蹂躙・服従させることが趣味!!
別名「ベビーフェイス鈴村」「残虐の貴公子」。
お互いが、ジリジリと距離を詰めていく。
先に動いたのは香川浩介だった。
両足に力を込めて、全速力で鈴村光兵に向かう。
鈴村光兵は、自分の距離感を保つ為に軽くバックステップを踏んだ。
しかし。
香川浩介のスピードは、それを凌駕する。
腰を低く下げ、両腕で鈴村光兵の腰を掴みにかかる。
だが、鈴村光兵も強者である。
体の向きを変えて、右足による強烈な蹴りを、低く突進してくる香川の顔面に放つ。
パグゥーーーン!!
香川浩介の顔面に、鈴村光兵の蹴りが炸裂する。
被弾。
いや、香川浩介にとっては想定内。
鈴村光兵の腰を両腕で掴むことを優先した為の犠牲である。
しかし。
その蹴りは重く、香川の顔面から鮮血が飛び散る。
鼻血。
たかが、鼻血と侮ってはいけない。
人間にとって、呼吸の手段は口からと鼻からしかないのである。
その鼻から血が出るということは、鼻からの呼吸にダメージを負ったことになるのだ。
しかし。
香川浩介は、鼻から滴り落ちる赤い血を舌で舐めた。
ニヤリと笑いながら、鈴村光兵の腰に両手を伸ばす。
両手の指が、鈴村光兵の腰部分に触れる寸前。
鈴村光兵はニチャリとした笑いを浮かべると、蹴り足を素早く戻し、体全体を後方へ移動した。
そして。
低く飛び込んで来る香川浩介に、上から全体重を掛けて覆い被さる。
はずであった。
だが。
香川浩介は、それを察知したかの如く地面を蹴り上げ、頭部を鈴村光兵の顔面にかち上げた。
ガチーーーン!!
「がはっ!!」
香川浩介の頭頂部が、鈴村光兵の顎にヒットする。
その衝撃は凄まじく、鈴村光兵の約九十キロはありそうな体が地面から一瞬浮く程で程ある。
そして。
香川浩介は、鈴村光兵の腰に両手を回すのかと思いきや。
後方から勢いを付けた左拳を、真上から鈴村光兵の頭部に放つ。
鈴村光兵は、その左拳を両手で防ぐと、左膝を伸ばした。
どりゅつ!!
香川浩介の腹部に、鈴村光兵の膝が突き刺さる。
「がはぁっ〜!!」
香川浩介は、腹部に衝撃を受けながらも前に出る。
「調子に乗るんじゃねぇぞ」
鈴村光兵は、両眼を見開いて呟いた。
裏社会「暴武」部門において、鈴村光兵は十本の指に入る程の強者であるのだ。
そして。
両手で香川浩介の左手を掴むと、体を回転させた。
ブワッ。
香川浩介の重い体が浮く。
投げ技である。
ずどおぉん!!!
香川浩介の体が背中から、スタジアムの地面に重い音と共に叩き付けられる。
鈴村光兵の動きは速い。
そのまま。
香川浩介の腰に両足を絡ませて、馬乗りになると。
大きく息を吸った。
そして。
上半身を後方にのけ反らせて、両腕を上空に上げた。
「さぁ、蹂躙タイムだ!!」
鈴村光兵はそう言うと。
香川浩介の顔面に向かって、両拳を交互に振り下ろした。
ドドドドドッ!!!
振り下ろされた両拳。
いや。
違う。
それは、拳ではなく。
掌底である。
掌の下部にある部分で殴っているのだ。
では。
なぜ?
拳ではなく、掌底で攻撃しているのか?
それは、簡単である。
拳を痛めない為である。
長期の攻撃を想定している場合、拳を全開で使用すると少なからず、拳を痛めるからだ。
その点、攻撃力は少し劣るが、無限大に使用できる掌底の方が俄然有利である。
「がはぁっ!!」
香川浩介は両腕で顔面を防御する。
しかし。
その破壊力は凄まじく、両腕から頭部へ衝撃が振動し、体全体が揺れる。
ドドドドドドッ!!!
鈴村光兵の動きは止まらない。
両手の掌底が振り下ろされる。
ドドドドドドドッ!!!
一発一発が重く、香川浩介の頭部及び体全体を大きく揺らす。
(くそが〜!!)
香川浩介は両腕で防御しながら、小さく息を吐いた。
「どうしたぁ!!香川わぁ!!」
鈴村光兵は大声を上げる。
顔面は満面の笑顔である。
蹂躙できる喜び。
そして。
早くこのおもちゃが屈服する姿を見たいのだ。
香川浩介は、左右に体を動かすが、ビクともしない。
鈴村光兵が全体重をかけて香川浩介の上に乗リながら、逃さないようにコントロールしているからだ。
(さて!どう料理してやろうか!!)
鈴村光兵は、香川浩介に攻撃を続けながら、一瞬の隙をうかがっている。
ドドドドドドドドッ!!!
(このままだと〜体力を奪われる〜)
香川浩介は、鈴村光兵の体に両手を回して密着した。
相手の体に密着することで、両手の攻撃から逃れたのだ。
だが。
鈴村光兵も歴戦の強者である。
今度は、密着している香川浩介の頭部に側面から左右の拳を放つ。
体を後方に力一杯捩じ切って、左右の拳をハンマーの如く振り回す。
バチイィーーーン!!
ズバァァーーーン!!
轟音が鳴り響く。
頭部や顔面から紅い血が飛び散る。
「がはあぁつ〜っ!!」
香川浩介の頭部が揺れる。
(このままだと〜こっちの体力が持たねぇ〜)
体力の半分を費やしてでも、この状態から抜け出せないと、ジリ貧である。
「うおぉ〜〜〜っ!!」
香川浩介は、さらに両腕に力を込めると、鈴村光兵の体にぴたりと密着をする。
その間も。
鈴村光兵の左右の拳は放たれる。
香川浩介はタイミングを計る。
そして。
香川浩介は左右に体を降った。
体重百五キロの物体が左右に揺れたかと思うと。
ぐるん。
と。
香川浩介と鈴村光兵の体勢が入れ替わったのだ。
「な、何?!」
鈴村光兵は驚愕の声をあげる。
いわゆる、振り子の原理である。
鈴村光兵が左右の拳を大きく振り回すタイミングに合わせて、香川浩介も全体重をかけて左右に体を振ったことにより。
二倍。
いや三倍の力になり、反転したのである。
香川浩介は、顔面から血を流しながら、長い舌をペロリと出した。
息づかいは荒い。
「鈴村〜やっと〜お楽しみの時間だ〜」
香川浩介はそう言うと、頭部を大きく後方に反り返らせた。
と。
思った瞬間。
鈴村光兵の顔面に頭突きをかました。
バグゥーーーン!!!
「がはあっ!!!」
あまりの衝撃の為に、鈴村の頭部が揺れる。
鼻っ柱に直撃した影響なのか、鼻からは赤い鮮血がほとばしる。
香川浩介は止まらない。
再度、後方に上半身を反り返らせると。
勢いを付けて。
鈴村光兵の顔面に頭突きを走らせる。
鈴村光兵は両手でその攻撃を防御しようとするが。
香川浩介が、鈴村光兵の両手首を掴んで抑え込む。
バグゥーーーン!!!
香川の額が、鈴村の顔面に突き刺さる。
「が、はあーーーっ!!」
鈴村光兵の頭部がガクガクと揺れる。
鼻はへし折れ、顔面が鮮血で塗れている。
「この野郎ーーー!!」
鈴村光兵は、自分の綺麗な顔に傷を付けられた怒りで叫んだ。
そして。
抑えられていた両手を力でバチン!!と外すと。
自分のズボンのポケットに両手を入れ、瞬時に抜くと。
香川浩介の両太腿にトスン!と推し当てた。
「〜〜〜!!!!!」
香川浩介は、両太腿に激痛を感じた。
そして。
鈴村光兵から素早く離れて、起き上がり構える。
「この野郎〜」
香川浩介は、両太腿を見る。
両太腿の側面に何かが刺さっている。
プッシュダガーナイフである。
刃渡は五センチ程であろうか。
プッシュダガーナイフは、暗器という部類の対人殺傷用武器であり、刺突・頸部切断用に作られた小型のナイフだ。
特に、ナイフを握る部分が五本の指と掌で握りやすくなっている。
相手に致命傷を与えるよりも、殺傷が目的で多くもちいられている。
「ちっ〜!!」
香川浩介は、両太腿からその暗器を引き抜くと、芝生の上に投げ捨てた。
鈴村光兵も、芝生から素早く起き上がると、再度ズボンのポケットに両手を入れた。
ヌルッ。
と。
両手をズボンのポケットから引き抜く。
その両手には。
新しいプッシュダガーナイフが握られている。
「香川、とことん切り刻んでやるからな」
鈴村光兵はニヤリと笑う。




