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SAIGA《サイガ》  作者: 大西アキラ
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第45話 「蹴撃の紅き狼」

(相手が誰であろうと、負けるわけにはいかないネ・・・)


李宗民(リ・ジョンミン)は一歩前に出る。


家族と言う仲間を傷付けられて、黙っている程甘くはない。


俺の家族や仲間を傷付けた奴は、誰であろうとぶちのめす。


今までだってそうしてきたではないか。


李宗民は軽く目を瞑る。


自分の仲間や家族を守る為に、昔から喧嘩に明け暮れ、敵を蹴散らしてきたのだ。

気が付いたら、自分の周りにはたくさんの仲間や家族が出来ていた。


俺達を裏切った奴らには、静粛を。


敵対組織には、報復を。


それが、中国裏社会組織「赤龍」を代々継いでいる李家の家訓であった。


初代の祖父が組織を立ち上げた時は、総勢三十人にも満たなかったのだが、二代目の父が後を継いだ時には総勢百人を超えていた。


二代目の父は温厚で人情に厚かった。

中華街の問題を出来るだけ話し合いで解決することを優先した。

そして、その人望に人が集まり、一時は組織の総数が四百人を超えた。


だが、その優しさゆえに、敵対組織に暗殺されてしまったのである。


李宗民は、その時のことを今でも覚えている。


敵対組織が待つ場所に、話し合いで解決しに行くと、家を出て行った父親の背中を、今でも鮮明に思い出すことが出来るのだ。


二代目の父親が亡くなった時、李宗民は十八歳であった。


「赤龍」は、二代目を失った影響で、メンバーを大きく失うことになる。一時は、総数四百人程いたのが百人程になるのだ。


原因は二つあった。


一つ目は、三代目の李宗民がまだ若かったことだ。


メンバーの大半は、二代目の人望に引かれて付いてきている人間が多かったからだ。

だから、李宗民に対して迷いがあったのと、自分より若いリーダーに付くことに抵抗があったのである。


二つ目は、同じ日本に在住している中国裏組織達の勢力拡大である。


「赤龍」が二代目を失ったことにより、他の組織が中華街の利権を巡って暗躍し始めたのである。


李宗民が、「赤龍」の三代目になったのが十八歳。


そこからの李宗民は、鬼の様な快進撃を見せる。


まず、自分が一緒に暴れていた若い仲間達を組織に誘い、強固な絆を作り上げたのである。

そして、組織内で自分より年上の先輩には、父親の様に敬い、兄の様に慕った。

抗争や問題があれば、その年上の家族達が先頭に立って闘い、仲間や家族の為に命を差し出したのである。


李宗民が二十五歳になった時。


「赤龍」は、この中華街で一番の中国裏社会組織に成長していたのである。


メンバー総数、約八百人。


そして、何時からだろうか?


俺は、「中華の至宝」・「蹴撃の紅き狼」と呼ばれる様になっていた。


強い奴と闘いたいわけではない。


俺は、家族や仲間を守りたいだけなのだ。


だから。


今回も、そうなのだ。


相手が誰であろうと、徹底的に痛め付けて、俺達の怖さを思い知らせてやるだけだ。


お前達に!


そして。


李宗民は、細い両眼を大きく見開く。




二人の重苦しい空間に歪みが生じる。


戸倉一心はじりじりと両足を前に進める。


左右の大きな拳は軽く握られているが、その射圧力は尋常ではない。


李宗民は体を半身にして、左足を前に出して腰を落とす。


摺り足で前に進み、いつ飛び出しても良い状況にあるようだ。


磁石のプラス極とマイナス極が引かれ合う様に、二人の猛者は近付いて行く。


じりじり。


戸倉一心の体が動く。


じりじり。


李宗民の体も動く。


(二人とも~勝負に出たな~)


香川浩介は、二人の空間をすばやく読んだ。


絶対的な暴力を司る男・戸倉一心。


尋常ではない大きな拳と人間離れした豪力。


それに対抗するは。


唯一無二な瞬速と破壊力を兼ね揃えた男・李宗民。


存在してはいけない空間移動と身体能力。


まさしく、怪物対怪物である。


じりじり。


二人の距離が徐々に縮まる。


じりじり。


二人の距離が、三メートルを切った時。


お互いが同時に動いていた。


「チエリヤアァーーー!」


李宗民の叫び声が木霊する。


右足で地面を蹴って、摺り足で体を前に進める。


「ふぬんっ!」


戸倉一心は腹の底から声を出すと、左拳を横から放つ。


バチイィーーーン!


最初に打撃を当てたのは、李宗民である。


左拳を垂直に飛ばし、戸倉の腹部にぶちかます。


戸倉の動きが一瞬止まったが、コンマ何秒の出来事である。


李宗民が、当てた左拳を引き戻そうとした時には、自分の視界に戸倉の左拳が迫っていた。


地面を蹴り、後方に飛び跳ねる。


鼻先を戸倉の左拳が轟音を上げて通過する。


李宗民はその左拳を紙一重で避けた後、再度前進する。


すばやく腰を落として。


右拳を垂直に放つ。


バチチイイィィーーーン!


戸倉一心の左顎に右拳が当たる。


あまりの破壊力と衝撃音に、戸倉一心の体がブルッと震える。


左拳を振り回した直後の戸倉は、大きくバランスを崩したのか、体全体をグラリと揺らす。


李宗民は、俊足で一歩後退すると、上段の蹴りを走らせた。


ガキキイィーーーッ!


李宗民の上段蹴りが、またしても戸倉一心の左顎に決まる。


戸倉の体が地面から三センチ程浮き上がる。


「・・・・・」


戸倉の頭部が斜めに傾き、体全体が地面にズルリと崩れそうになる。


(決まったネ!)


破壊力抜群の二撃。


通常の人間が喰らえば、顎は砕け散り、その痛みの為に意識を失ってもおかしくない程である。


だが。


李宗民は、蹴り足を戻すと。


その場で腰を落として、左拳を垂直に戸倉の腹部に飛ばした。


李宗民は、もう一撃を念の為に放ったのだ。


(これで本当に終わりだネ!)


左拳が唸りを上げて、戸倉の腹部に近付いて行く。


その時。


(・・・・・?!)


李宗民は、背筋に冷たい悪寒を感じた。


地面に崩れ様とする戸倉一心。


だが。


先程から、数センチも動いていないのだ。


崩れそうになりながらも、崩れない。


(ま、まさか・・・?)


李宗民は戸倉一心の顔を見た。


戸倉一心の両眼はギラリと光輝いている。


(わざと喰らったのカ?!俺の攻撃ヲ?!)


李宗民がそう気付いた時には、すでに遅かった。


戸倉一心は、地面に崩れそうな体勢から一変。


全身のバネを使う様に、体を大きく捻ると。


大きな右拳を地面に擦れる様に走らせてから、上空に一気に発射した。


ボオツッ!


ミサイルが打ち放たれる様な爆音が響く。


ゴキゴキゴキゴキイツーーーッ!


「ガハアッ・・・!」


李宗民は自分の顎に激痛が走るのを感じた。


戸倉の大きな右拳が李宗民の顎に減り込む。


(馬鹿ナ・・・?!見えなかったゾ?!)


李宗民の体が空中に浮く。


口内に大量の鉄の味を感じた。


「・・・・・?!」


(クッ!顎の骨を砕かれたカ?!)


李宗民は空中に浮きながら、戸倉を見る。


戸倉一心は同じ様に空中に飛ぶと、李宗民の腹部に左拳を放っている。


(グッ・・・!)


李宗民は両手を動かすと、自分の腹部に移動させた。


両腕でその攻撃を防御する。


ガキキキツッーーーッ!


戸倉の左拳が、李宗民の両腕にぶち当たる。


ミシミシッ。


(チッ!なんという破壊力ネ・・・)


李宗民は、左腕の骨にヒビが入ったことを感じ取った。


だが、その様な素振りは一切見せない。


後方に飛ばされ、地面に両足を着ける。


戸倉一心も無傷ではない。


李宗民の攻撃を受けた左顎は赤く腫れ、口の端からは血が流れている。


(もっとだ、李宗民。その程度では・・・俺の心に巣食う悪魔は解放できないぞ・・・)


ギチッ。


戸倉一心の心を縛っている鎖が鳴る。


ギチッ。


そして、心に巣食う悪魔が今か今かと待ち構えているのだ。


早く解き放てと!


戸倉一心は両腕を上空に上げた。


(この化物め・・・)


李宗民は、自分の顎を左手で触った。


完全に破壊されているらしく、激痛が走る。


下顎骨粉砕骨折。


左腕にも痛みが走ったが、それは骨にヒビが入ったからであろう。


橈骨負傷。


人間の橈骨は左右の前腕に1本ずつ存在しており、尺骨とともに前腕構造を支持している。

親指に近いほうの骨が橈骨で、小指に近いほうの骨が尺骨である。


李宗民は、口内から溢れ出る大量の赤い血を、地面に吐き出す。


「殺してヤルネ・・・お前を!」


(次で決めるネ!そうしないと・・・こちらがあぶない・・・)


李宗民は半身になって腰を落として構える。


「それでこそ、俺が求めていた男や・・・」


戸倉一心は上空に上げた両腕を顔の横に持って来る。


そして。


お互いが同時に前に進んだ。


李宗民は、体をグルンと回転させると、右の裏拳を飛ばす。


戸倉一心は、その裏拳に合わせる様に、左拳を大きく振った。


ガチイィツッーーーン!


拳と拳が衝突する。


その瞬間。


信じられないことに、火花が飛び散ったのだ。


それ程の衝撃。


それ程の破壊力。


そして。


空中に赤い血が、花火に様に舞い上がる。


李宗民の右拳からは、大量の血が噴きだしている。


皮はめくれ、拳の骨は飛び出ている。


そうれはそうであろう。


戸倉一心の大きな拳と正面からぶつかり合ったのである。


だが。


戸倉一心の左拳もまた、無事ではなかった。


同じ様に皮はめくれ、拳の骨にヒビが入っていることは明らかである。


「ぐっ!こいつ・・・!」


戸倉一心は李宗民を見る。


李宗民はニヤリと笑う。


肉を切らせて骨を断つ。


そのことわざ通り、自分が痛手を受ける代わりに、相手にそれ以上の打撃を与えたのである。


しかし。


李宗民の狙いは、それではなかった。


(俺の本当の狙いは・・・次の攻撃!)


この後に放つ一撃必殺が、本当の狙いなのだ。


李宗民は、血に塗れた右拳を引き戻すと。


下半身に力を込めた。


そして。


素足の左足で地面をガチッと掴む。


下半身の筋力と跳躍力を、ギリギリまで蓄えた後の。


全力放出!


「アチヤアァァーーーッ!」


李宗民は、細い両眼を大きく見開いて大声を上げた。


足の拳による右前蹴りである。


足の指で拳を作ることにより、その破壊力と強度は手で攻撃する時の数倍。


さらに、一直線上に走るその破壊力は、ボウガンの放った矢にも匹敵する。


李宗民の前蹴りが、戸倉一心の腹部に吸い込まれる様に捩り込む。


それも、みぞおちにである。


みぞおちとは、人間の腹の上方中央にある窪んだ部位のことで、鳩尾(きゅうび)、水月(すいげつ)、心窩(しんか)とも呼ばれている。


みぞおちは人体の急所の一つであり、殴るなどして衝撃を与えると強い痛みを感じる。

これは、みぞおち奥の腹腔神経叢には多数の交感神経が走っているからだ。

さらに衝撃で横隔膜の動きが瞬間的に止まることがあり、この場合呼吸困難に陥らすこともできる。


「が・・・かはっ!」


戸倉は自分のみぞおちに、李宗民の前蹴りがズッポリと突き刺さっているのを見た。


体が九の字に曲がり、背中が大きく歪む。


(ヨシッ!決まったゾ!)


李宗民はゆっくりと右足の前蹴りを戻す。


「あ・・・がっ・・・!」


戸倉は後方に四メートル程吹き飛ぶ。


(おどれ・・・!これが狙いだったのか?!)


戸倉一心はみぞおちに強烈な衝撃を受けた為か、息が吸えなくなるのを感じた。


「チッ・・・!」


(呼吸困難か・・・?!)


戸倉は息を大きく吸い込もうとするができない。


そして。


黒い影が、体を九の字に曲げた戸倉を包み込む。


顔を上げると、そこには李宗民がいた。


「終わりだネ・・・」


李宗民はそう言うと。


左右の蹴りを散弾銃の弾の如く飛ばす。


ババババツッーーー!


戸倉一心の体に、次々と打ち込まれる蹴りは全て強烈で、花火が打ち上げられた時の様に衝撃音を響かせる。


「・・・・・」


戸倉一心は、息が吸えない状態で李宗民の蹴りを両腕で防ぐ。


しかし、手や足に当てられた打撃は、赤く腫れ上がり打撲へと変貌する。


(勝ったネ!俺は・・・この男に勝ったのダ!)


李宗民は左右の蹴りをひたすら打ち込んでいく。

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