第30話 「十六歳の戦士」
風間丈一郎、十六歳。
ミスター・サイガ、三十六歳。
その頃になると、ミスター・サイガは単独で戦場に乗り込んだり、自分のチームのメンバー達と共に、数々の戦場に参加していた。
丈一郎もまた、別行動で戦場に行って戦う機会が多くなり、着々と傭兵としての成果を上げていた。
二人が根城にしていた場所は、中部アフリカのコンゴ民主共和国の首都キンシャサであった。
人口約九百万人を抱えるアフリカ有数の大都市である。
街の治安は、かなり悪い。
第二次コンゴ内戦後、市内のスラムにはギャングが割拠するようになり、殺人や強盗・強姦などの犯罪が蔓延し、キンシャサの殺人率は人口十万人当たり約百五十人以上にまで上昇した程である。
戦乱や貧困によって孤児となったものも多く、彼らはストリートチルドレンの集団となって、治安悪化の要因となっている。
その首都キンシャサのカラム区に、寝泊りをしている木造のアパートがあった。
四階建てのそのアパートは、回りを他の建物に囲まれた、狭苦しい造りになっていた。
だが、それが好都合であった。
傭兵にとって、寝込みを襲われることは致命的である。
逃げ場や避難場所がより多くある混み合った場所が最適であり、そのアパートはもっとも適していたのだ。
借りている部屋は三階の一番奥である。
風間丈一郎が、その部屋に戻ってきたのは三週間ぶりであった。
依頼されていた戦場での成果を上げ、無事に戻ってくることができたからだ。
ミスター・サイガとは別行動をとっていたので、持っている部屋の鍵で入り口のドアを開ける。
部屋の中には、木で造られた二段ベッドとボロボロの冷蔵庫、テーブルと椅子が殺風景に置かれていた。
空気は異常な暑さで乾き切っている。
丈一郎は、リュックをテーブルの上に投げた。
そして、腰に巻いていたベルトに手をかけると、刃渡り二十センチのサバイバルナイフを二本手に取り、ベッドの上に投げる。
上下の着衣もその場で脱ぎ捨て、下着一枚の姿でボロボロの冷蔵庫に向かう。
その肉体は、十六歳の男性のモノではない。
身長は百七十五センチになり、体重は七十三キロになっていた。
鍛え抜かれた肉体は、柔軟な筋肉で包まれており、脂肪と言う異物は一切存在しない驚異の肉体美である。
肌は浅黒く、体中に数十カ所の傷跡が見てとれる。
それは、銃痕であったり、切り傷であったりと、まちまちだ。
丈一郎は、ボロボロの冷蔵庫から水の入った新品のボトルを取り出すと、蓋を開けてゴクゴクと喉に流し込んだ。
(今日はゆっくり眠るとしようか)
丈一郎は、二本のサバイバルナイフを枕の下に隠すと、そのままベッドに倒れ込む様に横になった。
(ミスター・サイガは、まだ戻ってきていないのか・・・。俺より三日前には、違う戦場から撤収している噂を聞いたのだが・・・)
丈一郎は、ミスター・サイガが戻ってきていないことに、少し不思議な気持ちを感じたが、気にしなかった。
そして、深い眠りに吸い込まれそうになったが、精神力でそれだけは抑え込んだ。
いつ何時、自分の命を狙おうとしている奴らが襲ってくるかわからないからだ。
しかし、三週間と言う長い戦場生活での疲れが響いたのか、いつの間にか意識を失っていた。
時間にして一時間。
いや、二時間ぐらいだろうか。
そして。
瞬間的に両眼をバチンと開けた。
視界には、人間の顔が迫っていた。
丈一郎は、枕の下に隠していた二本のサバイバルナイフを両手で掴むと、ベッドの上で全身を捻って、部屋の床に飛び降りた。
丈一郎を覗き込んでいた男は、その動きに合わせる様に体をひらりと浮かせて、後方に飛び跳ねる。
時間にして夜中の二時頃である。
部屋は電気が消えていて暗く、相手の顔がよく見えない。
丈一郎は、両手に持っているサバイバルナイフの刃を交差させて、その男に突進する。
その男は、両手をすばやく腰にやると、丈一郎に向かって同じ様に突進した。
ギャリリイィーーーン。
刃物と刃物が擦れ合う音が響く。
小さな火花が散り、部屋の中を一瞬明るくする。
「あ!」
丈一郎は小さく声を上げた。
(どこかで見たことがある!)
丈一郎は、過去の記憶をフル回転で詮索した。
その男はニヤリと笑う。
「あなたは・・・たしか・・・」
(思い出したぞ!)
丈一郎はサバイバルナイフを両手に持ったまま後方に下がった。
「久しぶりだな、坊主」
その男はそう言うと、両手に持っていたファイティングナイフを両腰のベルトに収めた。
身長は高く、筋肉で絞られた肉体は衣服を着ていても一瞬で想像できた。
顔の輪郭は細長く、目はギラリとした光を放っている。
肌は褐色で、髪が長い。その長い髪を真ん中で分けている。
(そうだ!あの人だ!)
丈一郎は、その男を思い出した。
そうである。
丈一郎が一番最初に人間を殺した、いや、一番最初に参加した戦場で、ミスター・サイガのチームにいた髪の長い韓国人であった。
丈一郎はミスター・サイガのチームメンバー達とは、あれ以来ほとんど会っていない。
全世界の戦場で働いている傭兵など、星の数ほどいるのだ。
その中で、再度巡り合うことなど奇跡に等しいからだ。
だが、ミスター・サイガとチームのメンバー達は、噂によると年に数回は戦場で共に戦っているらしかった。
「おっと、まずはそのナイフをしまえ。話はそれからだ」
髪の長い韓国人はそう言うと、部屋の入り口にある電源スイッチを押す。
暗闇だった部屋に、明かりが灯る。
丈一郎は、サバイバルナイフをテーブルの上に置くと、床に置いてあった衣服を着た。
「本当に久しぶりだな。お前のことは、ミスター・サイガから噂で聞いていたが、よく今まで生き残っていたものだ」
髪の長い韓国人は微笑んだ。
「はい。全部・・・ミスター・サイガが俺の面倒を見てくれたお蔭です」
丈一郎は答える。
「ところで・・・なぜ、あなたがここに・・・?」
丈一郎は静かに問いかける。
髪の長い韓国人は、テーブルの横にある椅子に腰掛けると、丈一郎にも椅子に座る様に促した。
「ミスター・サイガはまだ戻っていないのか?」
髪の長い韓国人は丈一郎の目を見て言う。
「はい。本当なら俺より先に戻ってきてもおかしくないのですが・・・」
「そうか。やはり、俺の情報は正しかったか・・・」
髪の長い韓国人は、チッと舌打ちをした。
「どうしたのですか?」
「緊急事態だ。俺がここに来たのも、ミスター・サイガがもしかして戻ってきているのではないかと思っていたからだ。だが、戻ってきていないとなると・・・俺の仕入れた情報はほぼ間違いない」
髪の長い韓国人は、すくっと立ち上がった。
「一体、何が・・・?」
丈一郎は背筋に嫌な悪寒を感じた。
「よく聞け、坊主。ミスター・サイガは今捕まえられているはずだ」
「え・・・?!」
丈一郎は両眼を見開いた。
捕まっている?
あの百戦錬磨の戦場の鬼が?
そんなことがあるわけがない!
「そんなことが・・・あるわけがないでしょう?」
丈一郎は、自分自身が大きく狼狽しているのを感じた。
「いや、たぶん本当だ。俺の情報網に間違いはない。ただ、俺もここに来るまでは信じられなかった。だが、戻っていないとなると・・・現実だろう」
髪の長い韓国人は、部屋の上空を少し眺めた。
「どこで・・・?誰が・・・?」
丈一郎の声が上ずっている。
「場所はある程度わかる。だが、誰が何の為にミスター・サイガを捕まえたのかがわからない。そして・・・まだ生きているのか、すでに殺されているのか・・・」
「殺されているだと・・・?!」
丈一郎は椅子から立ち上がり、髪の長い韓国人の衣服を掴んだ。
「落ち着け、坊主。今はそんなことをしている場合ではない」
髪の長い韓国人は、丈一郎の腕を掴んで力で押しのけた。
その腕力は尋常ではなく、この髪の長い韓国人もまた、化け物の様な強さを誇っている人間であることがわかる。
そして、これまでの経緯を語り始めた。
ミスター・サイガが捕まったと言う情報を二日前に入手したこと。
ソマリア連邦共和国、通称ソマリアの戦場に参加していたが、契約を解除してここに来たこと。
ミスター・サイガのチームメンバーに緊急で連絡をとったが、自分以外の全員がアフリカ以外の戦場に参戦しているらしく、すぐにはここには来れないと言うこと。
ミスター・サイガ程の男が、なぜ捕まったのか?と言うこと。
今、この時点で生きているのか?殺されているのか?わからないと言うこと。
「俺の知っていることはこれだけだ。お前はどうする?」
髪の長い韓国人は丈一郎を見た。
「もちろん、助けに行く。俺が今生きているのも、あの人に救われたからだ。今度は、俺があの人を救う番だ」
丈一郎はそう言うと、テーブルの上に置いてあったリュックを背負った。
「俺と同じ意見だな。よし、すぐにでも行動しよう」
髪の長い韓国人は、丈一郎と一緒に部屋を出た。




