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SAIGA《サイガ》  作者: 大西アキラ
2/60

第2話 「壊し屋」

西牙丈一郎さいがじょういちろう


表社会と裏社会の狭間で生きている男。


仕事は、客に依頼された人間を壊す・潰すと言う裏稼業の一つである。


年齢は、二十六歳。


身長・百八十二センチ。


体重・九十三キロ。


顔は目鼻が綺麗に整っていて、どこかの雑誌のモデルにでもなれそうなルックスである。

鼻頭には横一直線に深い傷があった。

髪は茶色に染めてはいるがボサボサで、いつも白い帽子を被って誤魔化している。


この男を語る上で欠かせないのは、その肉体である。


体脂肪率二パーセント。


そして、筋肉の付き方が人間の領域を超えていた。

全身の筋肉に薄く脂肪が付いているだけの、まさしく戦うために造られた肉体なのである。


色は浅黒く、野生の黒豹を思い浮かべてしまう様な柔軟性と強靭さを、一目見ただけで感じることができた。


一流の挌闘家やオリンピック選手であろうと、これ程の肉体は作れないと言わしめる程の肉体であった。


ただ、一つ。


その肉体には異様な所があった。


そう、全身に数百の傷跡があるということであった。


戦うために習得した格闘技は、空手、レスリング、柔道、ボクシング、キックボクシング、合気道、相撲、柔術、サンボ、テコンドー、剣道などであり、ありとあらゆる格闘技の要素を吸収していた。


一日のトレーニングは八時間にも及ぶ。


柔軟体操が一時間。


筋力トレーニングが三時間。


腕立て伏せ三千回。


腹筋三千回。


スクワット一万回。


そして、トレーニングマシンによる筋力運動を合わせて行う。


残りの二時間は、サンドバッグを相手にひたすらパンチとキックの打ち込み、仮想相手とのイメージトレーニングである。


こうして、西牙丈一郎の人間離れした肉体は保たれているのである。




街の一角にある廃墟ビルの一階に、西牙丈一郎の事務所はあった。


その廃墟ビルは、街の繁華街から少し離れた所にあり、大きなビルに囲まれているために、太陽の光を一切浴びることがなかった。

回りは、使わなくなった不法投棄のゴミの山で、カラスの群れがいつもそのビルの屋上に集まっていた。


事務所の入り口は、大きいビルの横にある細い路地を進んだ突き当りにあった。


事務所の中は殺風景であり、机と椅子、黒いソファに冷蔵庫、そして電話しかなかった。


トレーニングはいつも、この廃墟ビルの二階や三階を使って行っていた。廃墟ビルは三階建てで、西牙以外、誰一人として住みついていなかった。


それはそれで好都合だと西牙は思っていた。変な目で見られることもないし、自分の自由にできるのがよかった。


朝五時からのトレーニングが半分を終わった頃、事務所の電話が鳴った。


西牙は、冷蔵庫から牛乳パックを取り出そうとしていた所だった。


「仕事か?」


西牙はそう呟くと、タオルで全身の汗を拭き取った。


個人的に携帯電話を持っているので、事務所の電話が鳴る時は仕事の電話か、間違い電話しかなかった。


コードレス電話機の子機を手に取って、西牙はその電話に出た。


「はい」


名前や用件はこちらからは一切名乗らない。


それが違法な仕事をやっていく上での最低条件だ。


「もしもし、壊し屋さんですか?」


低い声が電話の向こうから聞こえた。


男だ。


年のころ四十代前半って所か。


「用件は?」


西牙は静かに問いかける。


「一人壊して欲しい男がいるのですが、いけますか?」


低い声で話す男は簡潔に言った。


「わかった。まずは会おう、話はそれからだ」


西牙はそう言うと、少し離れた喫茶店の場所と待ち合わせ時間を告げた。


「わかりました」


低い声の男は静かに電話を切った。


西牙は、電話の子機を机の上に置くと身支度をした。


帽子を深く被り、黒いパーカーを着た。


そして、黒いズボンに動きやすいスポーツシューズを履いた。


「壊し屋」の仕事依頼である。


しかし、何かが引っかかった。


俺の本能なのか。


いや、ただの思い過ごしなのか。


西牙はニヤリと笑った。


「ククク・・・どっちでもいい。なんなら全て喰らい尽くしてやるまでさ」


事務所のドアを力一杯閉めて、西牙は街に飛び立った。




待ち合わせの喫茶店は、街の大通りのど真ん中にあった。


店の中はそんなに広くはなかったが、約三十人は座れるぐらいの椅子とテーブルがあった。


西牙丈一郎は、喫茶店の一番奥の席に座った。


依頼を受ける時、西牙はいろいろな場所を使う。


いつも同じ場所を使うと、いずれそこから正体や素性が漏れる可能性が高いからだ。


西牙は、深く被った白い帽子の奥から両目を光らせて、喫茶店の中を舐め回すように見た。


一組のカップル。


大学生らしき男。


サラリーマン風の営業マン。


電話をかけてきたらしき低い声の男は、まだ来てなさそうだった。


西牙は、水の入ったコップに手を伸ばした。


水を少し口に含んだ。


その時。


喫茶店の扉が大きく開いた。


カランコロンと扉に付いている鈴の音が鳴った。


お店に入ってきたのは、二人の男だった。


一人は四十代前半の男で、銀髪の長い髪を後ろで結んでいて、黒いスーツに金色のフレームの眼鏡をかけている。


もう一人は、坊主頭で背がかなり高い。


百九十センチはあるのではなかろうか。


黒いスーツをきっちりと着こなしているが、あきらかに素人ではない空気を体中から発している。


二人の男はお店の中をぐるりと見渡した。


そして、目の動きを止めた。


その目は、西牙丈一郎を見ていた。


二人の男は、ゆっくりと西牙のいるテーブルに近付いてきた。


「どうも」


四十代前半の男は低い声で挨拶してきた。


「ああ」


西牙は顔を上げて二人の男を見た。


お互いが見た瞬間にわかっていた。


素人ではない空気を体中から発しているからなのだろうか。


二人の男は西牙の向かいに座ると、お店のウェイトレスが持って来た水の入ったコップに口を付けた。


ゴクリ。


ゴクリ。


四十代前半の男は、コップに入った水を一気に飲んだ。かなり喉が渇いているらしかった。


坊主頭の男は、年の頃二十代前半という所で、両目は笑っているが体から発せられる空気は警戒心と敵対心が剥き出しである。


「内容と報酬の話をしたいのだが?」


西牙は深く被った帽子から両目を光らせた。


「おい、いきなり金の話とはいい度胸じゃねぇか・・・」


坊主頭の男がニチャリとした言い方で言葉を吐いてきた。


「吠えるな、クズが・・・」


西牙は帽子のツバを触った。


坊主頭の男は西牙を睨む。


「俺にとって、お前らが何者だろうが関係ない。

こちらは金をもらって依頼された相手を壊す、ただそれだけだ」


西牙は坊主頭の男を見た。


「まぁまぁ、まずは用件なのですが・・・」


四十代前半の男は、坊主頭の男をチラリと見て黙らせた。


「壊して欲しいのは、私の所から金を持ち去った男なのですよ」


四十代前半の男は、ウェイトレスにオレンジジュースを注文した。


「あんたのお金を持ち去った男?」


西牙は言った。


「そうなのですよ。その男は私の昔からの友達だった奴なのですが、つい最近、私の所からお金を持ち出して逃げたのです」


「そして、逃げた先がまた悪いことに、あるヤクザの本部事務所なのです・・・」


四十代前半の男はそう言うと、白い歯を見せて笑った。


「ヤクザの事務所ねぇ・・・」


西牙はぼそりと言った。


「と言うことは、あんたらもヤクザ関係ってことかい?」


西牙は静かに言った。


「まぁ、そんな感じでしょうか・・・」


四十代前半の男は、後ろでまとめられた長い銀髪を撫でた。


坊主頭の男はあいかわらず、西牙を睨んでいる。


「金額はいくらぐらいになりますかね?」


四十代前半の男は、金色の眼鏡を右手で上部へ押し上げた。


「そうだな・・・、三百万円」


西牙がそう言った時、坊主頭の男が目の前のテーブルを蹴った。


テーブルが凄い音を立てて動いた。


「ふざけるんじゃねぇーぞ!」


坊主頭の男は顔を真っ赤にして叫んだ。


西牙はすばやく椅子から飛び上がると、テーブルの上に乗った。


軽い跳躍だった。


空気の流れさえも感じさせない動きである。


坊主頭の男は立ち上がると、西牙に向かって右拳を放つ。


西牙は、その右拳を軽く避けると、坊主頭の男の顎に向けて左拳の裏拳を飛ばした。


ゴキッ!


「ぐぺつっーーーーーー!」


坊主頭の男は、両目をぐるんと動かし、床に倒れ込んだ。


ズドン、と言う衝撃音が喫茶店中に響き渡った。


「おっと、先に仕掛けて来たのはそっちだからな」


そう言うと、西牙はテーブルの上からフワリと下りた。


「すみません・・・」


四十代前半の男は笑いながら言った。


お店の中にいた他のお客達は、その光景を呆然と見ていた。


「私の用心棒を、いとも簡単に・・・」


四十代前半の男は、倒れている坊主頭の男を悲しげな眼差しで見た。


「こんな用心棒を雇っているようでは・・・あんたすぐに殺されるぜ」


西牙はクククと笑った。


四十代前半の男は、黒いスーツの胸元から百万円の束を一個取り出した。

帯の付いている札束である。


百万円。


それをテーブルの上に置いた。


「三百万円のはずだが?」


西牙は言った。


「まずは百万円です。依頼が確実に実行されたのを確認してから、残りの二百万円を払いたいのですがよろしいですか?」


四十代前半の男はそう言うと、スーツのポケットから写真とメモを取り出した。


そして、静かにテーブルの上に滑らした。


写真には、いかにも人相の悪い男が写っていた。


「こいつが壊して欲しい男か?」


西牙は写真を手に取った。


「ええ、そいつを壊して欲しいのですよ。居場所はそのメモに書いてある住所です」


四十代前半の男は西牙を見て言った。


「ただ、居場所がかなり問題ありますが・・・大丈夫ですかね?」


四十代前半の男はニヤリと口元を歪めて言った。


その笑いは西牙を舐めている笑いだった。


あんた、本当にできるのか?


そんな笑いである。


「ククク、相手が誰であろうが約束は守るよ、金さえちゃんともらえたらな」


西牙は、写真とメモを掴むとズボンのポケットに入れた。


そして、百万円の札束を掴もうと右手を伸ばす。


その瞬間。


四十代前半の男は、西牙の右手首を掴んだ。


西牙は驚いた。


なんと、右手首を掴まれたのだ。


普通なら、その動作に気付きすばやく対応するのだが、それができなかったのだ。


西牙は四十代前半の男を見た。


その瞬間。


四十代前半の男の両目が、一瞬暗く深い闇の中でギラリと光った。

それは、幾多の修羅場を経験していないと出せない目の光だった。

いや、そんな生易しいレベルではない。

もっと深い闇の世界で生きたことのある人間にしか出せない光である。


体中に電気が走った様な震えを感じた。


恐怖。


おびえ。


いや、そうではない。


殺気。


そう、それは尋常ではない程の殺気だった。


西牙は右手首をぐるんと回し、四十代前半の男から手を離した。


そして、四十代前半の男の手をじっくり見て驚愕した。


手。


いや。


掌。


それは、余りにも大きすぎた。


普通の成人男性の二倍はあるのである。


そして、拳はボコボコと隆起があり、それは何か固いモノを叩いてできる拳ダコである。


「お前・・・何者だ?」


西牙はニヤリと笑うと静かに言った。


「すみません、何者って・・・小さな組の組長ですよ」


四十代前半の男はそう言うと、金色のフレームの眼鏡をクイと上に押し上げた。

その両目は、先程見せた怪しい光を失っていた。


「その拳ダコはなんだ・・・?」


西牙は静かに聞いた。


「あ、これですか。これは趣味で空手をちょっとやっているものでして・・・ははは」


四十代前半の男は笑って言った。


西牙は、もう一度テーブル上に置いてある百万円に手を伸ばした。


「本当に頼みますよ。あいつを壊してくれないと私の面子が立たないのですよ」


四十代前半の男は静かに言った。


「ああ、約束は守る。それが俺の仕事だからな」


西牙は百万円の札束をポケットに無造作に押し込むと椅子から立ち上がった。


坊主頭の男が床に倒れたまま、イビキをかいている。


「三日後、また事務所に電話をくれ」


西牙はそう言うと、その喫茶店を出た。


強者は強者に出会っただけで、相手の力量を見極めることがでるという。


(あの男・・・只者ではないな・・・)


西牙は舌舐めずりをした。


「ククク、どっちに転んでもおもしろいことになりそうだな・・・」


西牙は左手を口元にもっていき、押し殺す様にニヤリと笑うとぽつりと独り言を言った。




喫茶店の中。


「あれが、『壊し屋』西牙丈一郎ですか・・・。なかなかの雰囲気を持っているじゃないですか・・・」


四十代前半の男は、大きく背伸びをしてポツリと呟いた。


「戸倉さん~どうでした~?」


他のテーブルで新聞を読んでいたサラリーマン風の男が椅子から立ち上がった。


そして、ゆっくりと歩き出すと、四十代前半の男に近付いた。


「感想ですよ~感想~?」


サラリーマン風の男は、新聞をテーブルの上に置くと笑って言った。


髪は黒く短めで、体格はがっちりとしている。

そして、目を引き付ける部分と言えば、両耳に付いているピアスではなかろうか。

左右の耳に五個ずつのシルバー製のリング型ピアスが付いていた。


「久々にゾクゾクしましたよ、香川君」


(あの男なら・・・私の心に巣食う悪魔を解放できるかもしれませんね・・・)


戸倉と呼ばれた四十代前半の男は、金色のフレームの眼鏡をはずして言った。

少し興奮しているのか、両手を閉じたり開いたりして指の関節をボキボキと鳴らした。


「でも~所詮は表の世界と裏の世界の狭間にいる人間ですからね~彼~。そんなに~期待できないかも~」


香川と呼ばれたサラリーマン風の男は、短く整えられた黒い髪を撫でるように、右手で触って椅子に座った。


「いや、あれは表の世界にいるような人間ではないですよ。レベルが違います。しかし、なぜ、あのような男が表の世界にいるのでしょうかね・・・」


戸倉と呼ばれた四十代前半の男は、ぽつりと言葉を放った。


「まじっすか~?でも~裏の世界にいたら~戸倉さんが知っているはずじゃ~ないっすか~?」


香川と言う男は問い返す。


「そうなのですよね。一度も見たことがない上に、名前もここ最近、やっと噂で聞き始めたばかりですからね」


戸倉と呼ばれた男は、喫茶店内の天井を見上げた。


「ところで、香川君も彼と闘りたいのではないのですか?」


「いやいや~戸倉さんのおいしい獲物を奪うなんて~そんなことするわけないじゃないですか~」


香川と言う男は大声で笑った。


「さて、これからゆっくりと、彼のお手並み拝見といたしましょうかね」


戸倉と呼ばれた四十代前半の男は、椅子から立ち上がると、倒れている坊主頭の男を見下ろした。顎が外れたのか、口が大きく開いている。


そして、ポケットからキラリと光る物体を取り出して、坊主頭の男の口の中に落とした。


「あ~こいつどうします~?」


香川と言う男は静かに言った。


「もう用はありませんね」


戸倉と呼ばれた男はそう言うと、香川と言う男と一緒に喫茶店を後にした。


坊主頭の男の口の中には、五百円玉が入っていた。


しかし、それはただの五百円玉ではなかった。


そう、異様な形をしていたのだ。


なんと。


その五百円玉は、ぐんにゃりと二つに折り曲げられていたのである。


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