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SAIGA《サイガ》  作者: 大西アキラ
1/60

第1話 「夜の公園」

その男は、突然現れた。


夜の公園。


昼間は緑や茶色の草木で明るく賑やかに見える公園も、夜の空気は少し違っていた。

暗い夜空に照らし出された草木や空気は、重苦しい程の黒一色を表現していた。


その公園はかなり大きく、自然と人間との調和を目的とした造りになっているのか、草木がたくさんあった。

そして、住宅街からはかなり離れた場所にあった。


そんな場所を若者達が見逃す筈がない。


夜の公園は、若者達にとっては都合のいい集いの場である。


そこに若者達が集まっていた。


髪の毛を茶色や金色に染めた若者や、耳や鼻にピアスをした若者など、十二・三人の若者達が大声を出して世間話をしている。


その若者達の輪に、その男が近付いてきた。


じゃりっ。


じゃりっ。


その男の履いている靴が、公園の地面に散らばっている砂を噛み締める音がした。


「ん・・・?」


若者の一人がその男に気が付いた。


「なんだ?お前は?」


その若者はそう言うと、その男に近寄っていった。


その男は何も言わない。


怯え。


恐怖。


そのどちらでもない。


無視。


いや、興味がないのであろうか。


若者達の群れもその男に気が付いた。


「どうした?どうした?」


仲間達が一斉に動き出す。


暇を持て余した子供が、おもちゃを与えられたように、その男に近付いていく。


「なんじゃい!コラ!」


違う若者が大声で叫んだ。


威嚇。


しかし、その男は何も言わない。


男は白い帽子を深く被り、黒いパーカーに黒いズボンを履いている。


「コラコラ!何か文句でもあるのか!この野郎!」


調子に乗った一人の若者が、その男の胸の辺りを手で押そうとした。


その瞬間。


その男は、すばやくその手を避けた。


手でその男を押そうとした若者は、体のバランスが崩れたのか、グラリと体を揺らして地面に倒れた。


「・・・・・」


倒れた若者の顔が、真っ赤に変色していくのがわかった。


屈辱。


それも、仲間達のいる面前での赤っ恥。


「てめぇーーーーー!」


その若者は大声を発してその男を見た。


「ここに、タクヤって男はいるか?」


その男はポツリと言った。


その声質は静かであったが、体の芯に響く異質な音色を持っていた。


「あ?」


若者達が殺気立ってその男を囲み始めた。


「タクヤって男は、ここにいるのか?」


その男は静かにもう一度言った。


「なんだ、お前は?!殺すぞ!」


若者達がその男に近付き睨みをきかせてくる。


「ククク、殺すだと・・・?クククッ!」


その男は笑い出した。腹に両手を置いて大声で笑い出す。


「この野郎!」


一人の若者が我慢できずに、その男に殴りかかった。


その男は、すばやく前身を前に倒すと、そのまま左手の掌をその若者の顎に軽く当てた。


ズシャッ。


殴りかかってきた若者は、頭を横に向けて下半身からぐったりと地面に崩れ落ちた。


そして、そのまま前のめりに地面に倒れる。


「・・・・・」


若者達は静まりかえった。


何が起こったのかさえわからなかった。


倒れた?


え?


「俺を殺すだと?笑わせてくれるじゃねぇか、お前ら」


その男はそう言うと、横にいた若者の右手をすばやく掴み、力強く捻った。


メキキッキッーーー!


肉と骨が混ざり合い、ぐちゃぐちゃになるような異質な音がした。


「ぐぎいぃいいいーーーー!」


若者は跳ねるように地面から飛び上がると、地面に転げ回った。


「いでえぇいぃーーー!」


その若者は大声で叫ぶと自分の右手を見た。


信じられなかった。


右手?


左手?


なんと、右手の掌が逆に向いていた。

手首からぐんにゃりと折り曲げられていて、人体の基本構造からは逸脱した形になっている。


若者達は唖然とした。


信じられない光景が今、目の前で起こっているのである。


その男はゆっくりと一歩前に進んだ。


それに触発されるように若者達は動いた。

動かないと危険が迫ってくることを、体の本能、いや動物の本能が察知したようである。


「こ・・・この野郎!ぶっ殺してやる!」


若者達がその男に向かって襲いかかる。


その男はニヤリと笑うと、軽く両手を前に突き出した。


若者の拳や蹴りを髪一重で避けると、その男は左拳を軽く握った。


そして、若者の顔面に放った。


ボッ!


左拳から空気を裂く音が響いた。


ぐしゃっ!


若者の顔面に、その男の左拳が突き刺さる。

両目が潰れ、鼻は砕け、前歯が粉々に吹き飛んだ。


「ぐべぼつっ!」


若者はバク転をするように、空中で二回転すると後方にふっ飛んだ。


四メートル。


いや、五メートルは飛んだであろう。


その男の動きは人間技ではなかった。


目の前にいる若者の耳に付いているピアスを掴むと、簡単に引きちぎる。


「んぐっ!」


その若者は耳を押さえるが、その時にはその男の右拳が顔面に飛んできているのが見えた。


ぐちやっ!


若者は膝を地面に付けて倒れこんだ。

鼻がひしゃげて、上唇から前歯が突き出ている。


「おぐっ・・・・・」


口の端から白い泡を吹き出して地面に突っ伏した。


その男は動きを止めない。


隣にいた若者の腹に左拳を力一杯ぶちこむ。


その若者の体が地面から浮き上がる。


もう、人間ごときの行える行動ではなかった。


まさしく、猛獣である。


「ぐべええええっーーーー!」


その若者は口から汚物を吐き出して、その上に顔面から倒れ込んだ。尻を高く上げ、手足が痙攣している。


その男は、さらに二人の若者の股間に左右の前蹴りを放つ。


そのスピードは人間の目では確認できない程だ。


ボッ!


空気を裂く音がした。


「・・・・・!」


股間に前蹴りを喰らった二人の若者は、白目を向いて地面に崩れ落ちた。

ピクリとも動かない。


「・・・・・」


残った若者達は誰一人として動かなくなった。


いや、動けなかった。


あまりの光景に目を疑った。


「タクヤって言う奴は、どいつだ?」


その男はズボンに両手を入れると、静かに言った。


その男の両目が、若者達を舐める様に見る。


「ひいっ!」


一人の若者が背中を見せると公園から走り出した。


髪を長く伸ばして金色に染めている若者だ。

ズボンもわざと下方にずらして穿いているので、全力で走っていてもスピードがかなり遅い。


その男はニヤリと笑うと軽く地面を蹴った。


地面の砂が空気中に舞った。


その男は両手を大きく振って走り出した。


あっという間に、逃げ出した若者に追いついた。


その若者の右足を足で引っ掛けると、地面に転がした。


「ぐあっ!」


その若者は地面を転がった。


その男は、ゆっくりと倒れている若者に近付くと、右手でその若者の顎を掴んだ。


めきっ。


そして、なんと持ち上げ始めたのだ。


みしみし・・・。


それは信じられない光景である。


みしみし・・・。


なんと、六・七十キロはありそうな若者の体が地面から浮いていくのだ。


「お前がタクヤか・・・?」


その男はその若者を軽く右手で持ち上げて言った。


「あい・・・そうでちゅ・・っ・・」


その若者はコクリと頷いて、両手でその男の右手を掴んだ。掴まれた顎がめきめきと悲鳴を上げているのがわかった。


「し・・死ぬ・・・助け・・・て・・!」


そのタクヤという若者は叫んだ。


その男は、いきなり右手の力を抜いた。


タクヤと言う若者は、そのまま地面に落下していく。


普通はその筈である。


地球の重力を考えれば、そうならなくてはおかしいのだ。


しかし。


だが、しかし。


タクヤと言う若者が地面に背中から落下するまでに、その男の蹴り足が飛んだ。


ボグッ!


その男の右足による蹴りが、タクヤと言う若者の腹部に命中した。


「おぐぼつぅつーーーー!」


タクヤと言う若者は、胃の中に溜まっていた消化物を口から吐き出した。激痛の余りに空中で体を九の字に曲げる。


そして、そのまま五メートル程先の地面に転がり落下した。


じゃりっ。


じゃりっ。


その男は、両手を黒いズボンのポケットの中に入れて、タクヤと言う若者に近付いていく。


「おげっーーー!」


タクヤと言う若者の両目は血走り、涙で一杯だった。


じゃりっ。


じゃりっ。


その男の足音が迫る。


他の若者達は動けなかった。


ある者は、足腰が震えているのがわかった。


ある者は、歯がガチガチと鳴っているのがわかった。


恐怖と言うものはいきなりやってくる。若者達にとって、それは今日だったのだろう。


「お前・・・この前、ある女をレイプしただろ?」


その男は静かに言った。


「ぐっ・・・・・」


タクヤと言う若者は、腹部を両手で押さえて呻き声をあげた。


「その女の父親が俺に依頼してきたわけだ。お前を壊してくれってな・・・」


その男はそう言うと、タクヤと言う若者の右手を掴んだ。


そして、人差し指を軽く逆方向に押した。


ぼきっ。


軽い音が鳴った。


まるで、枯れ枝を真っ二つに折るような簡単な行為だった。


「ふぎやあぁーーーーーーーー!」


タクヤと言う若者は叫んだ。


そう、人差し指がありえない方向に曲がっていた。

ズキンズキンという痛みが人差し指を襲う。


折れていた。


いや、折れているというよりも、折れ曲がっていた。


「や・・やめでぇ・・」


タクヤと言う若者は哀願した。


「おいおい、その女もそう言ったはずだぞ・・・」


その男は、今度は中指を軽く押した。


ぼきっ。


「うぐいっいっーーーーー!」


中指が、ぐんにゃりと逆方向に折れ曲がった。


タクヤと言う若者は口の端から白い泡を吐き出した。


「俺は依頼されたことは確実に守る。お前をきっちり壊してやるよ」


その男はそう言うと、薬指と小指を一気に折り曲げた。


ぼききっ!


「ひいっぐひつっーーーーーー!」


タクヤと言う若者は、動物の鳴き声のような悲鳴を上げて両足に力を入れた。


他の若者達は恐怖で動けなかった。


一人の若者は腰を抜かし、地面にぐったりとへたりこんでいた。


「うぐっ・・・えぐっ・・・」


タクヤと言う若者は、左手で右手を押さえて地面を転がり回っている。


その男はニタリと笑うとその様子を見下ろしている。


「まだまだだろうが・・・本番は」


その男は右足を高く上空に上げると、真下に落とした。


ぐちゃっ!


その男の右足が、タクヤと言う若者の右足首に振り下ろされた。


「ぐひつっーーーーーー!」


右足首が曲がってはいけない方向に曲がっている。


足首が折れ曲がり、痙攣しているのがわかった。


「やめでぇーーー!もぶ!やめでぇー!!」


タクヤと言う若者は涙と鼻水を流して懇願した。

激痛で何を言っているのか理解不能だったが、助けを求めているのは、たしかであった。


「ククク!泣くなよ、お前。子供じゃあるまいし・・・」


その男はそう言うと、タクヤと言う若者の髪の毛を掴んで引きずった。


ずる。


ずるるっ。


タクヤと言う若者は、その男に髪の毛を掴まれて公園の地面を引きずられた。


ずる。


ずるるっ。


そして、他の仲間達のいる所に連れていかれた。


「・・・・・」


他の若者達は固唾を飲んだ。


これから何が起こるのだ。


そんな思いをそれぞれの若者達は胸に抱いていた。

恐怖と畏怖が体の底から這い上がってくるのを必死で抑えた。


「おい、お前ら・・・こいつの両足を押さえろ」


その男は言った。


口元はニヤリと笑っている。


「え?」


他の若者達は一同に動揺した。


「早くやれよ・・・」


その男は腹の底から声を出した。


他の若者達は全員でそれぞれの顔を見合ったが、誰一人として動かなかった。

その男の恐怖と畏怖には負けてはいたが、仲間を売るという行為に対してのプライドが、彼らを動かさなかったのだ。


「ほほう、いい根性しているな」


と、その男は軽く前蹴りを放つ。


ぐちゃっ!


一人の若者の口の中に、その男の前蹴りが突き刺さる。

靴がずっぽりと口の中にめり込んだ。


「うぐぅーーーーーー!」


口の中から右足がぬるりと抜かれると、その中は地獄絵図の様だった。

前歯は全て口の中に飛び散り、血と唾液が混じりあったモノが地面にボタリと落ちた。


その若者は体を横に向けると、口を両手で押さえて倒れた。


「いでぇーーーーよぉーーーーー!」


咳き込んで口の中から固いモノを吐き出した。


それは歯だった。


血にまみれた歯だった。


十本はある。


他の若者達はガクガクと足腰を震わせていた。


「次はどいつだ・・・」


その男はニヤリと笑った。


公園の空気が冷たく響き渡る。


ざざっ。


ざざっ。


すると、残った若者達は一同に、タクヤと言う若者の両足を押さえ始めた。


二人が右足を。


二人が左足を。


「おまえだぁーーー!!このやろどぅーーー!」


タクヤと言う若者は叫んだ。


仲間に裏切られたことに怒りを感じたが、右手の痛み、腹部の痛み、右足首の痛みに何がなんだかわからなくなっていた。


両足を押さえている若者達も一緒だった。


恐怖で両目が焦点を失っていた。

今、この状況から抜け出すことに必死だった。

現実なのか夢なのかさえわからなくなっていた。


「許してくれよーー!」


「こうしないと・・・俺らがやられちまう!」


他の若者達は恐怖に身を震わせて叫んだ。


「よしよし、いい子じゃねぇーか」


その男はそう言うと、両足を広げたタクヤと言う若者を上から見下ろした。


「さて、こいつが悪いのだろうなぁ・・・」


そして、タクヤの股間部分をじっくりと見つめた。


「やめぇでぇ・・・何をづる気だあ・・・」


タクヤという若者は喚き、体を動かした。


しかし、他の若者達がそれを力一杯押さえた。


その男はゆっくりと動いた。


タクヤと言う若者が両足を広げている場所に移動した。

両足が広げられて押さえ付けられているために、股間部分がガラ空きになっている。


「もう悪いことができないようにしてやるよ、ククク」


その男はそう言うと、サッカーボールを蹴るような蹴り方で、タクヤと言う若者の股間部分を蹴り上げた。


ぐちやっ!


股間部分に、その男の右足が吸い込まれるようにめり込んだ。


ずどん!という重い振動がタクヤと言う若者の体を駆け巡る。


「・・・・・・・・!」


タクヤと言う若者は、体中を痙攣させてぐるんと白目を向いて倒れた。


あまりの衝撃のために、叫び声すら発しない。


股間部分からは赤い血の小便が、白いズボンを気持ち悪い程に濡らしていく。


「ひいっーーーーー!」


両足を押さえていた若者達も両手を離し、それぞれに悲鳴を上げて後ずさりした。


「あーあ、この感触だと睾丸が二個とも潰れたな・・・ククク」


その男は右手を口元に持っていくと、クククと笑い出した。


「これからは、オカマとして生きていくのだな、ククク!」


そして、その男はくるりと体の向きを変えると、そのまま公園を後にした。


夜の公園には、敗北した若者達の折れた心と残骸が残っているだけであった。 

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