民夫と美由紀の出会い、そしてホ○ケンは突然に
ラヴの世界へようこそ。
僕の名前は桃田民夫。言いにくかったらタミーって呼んでくださいね。
僕はもうすぐ死ぬけど、それほど悲しくもないんだ。
だって素敵なベイビーが側にいてくれるからね。
あぁ……。
思い出すなぁ……。
あれは二人が大学生の頃だった。
あの日、ラヴの世界が始まったんだ。
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あたしの名前は樺原美由紀。友達はみんな『カバちゃん』って呼んでるわ。名前より顔がカバみたいやからな。
確かにな、顎、逞しいしな。頭にちっちゃい耳つけたらもう、カバにしか見えんやろな。
せやけど普通言うか~? 太っとる女性のことブタちゃんとか、猿っぽい女性のことエテちゃんとか?
まぁ、名前が樺原やからしゃーないんやわ。
カバ言うな! て、どついても、「名前のことやんか~(笑)」て誤魔化せるもんな。
あたしのこと『ミユッキー』って呼ぶの、あのひとだけや。
あぁ、思い出すわ。あれはあたしが大学に入学して間もない頃やった。あたしが中庭で読書しとったら、突然あのひとが声を掛けて来てくれたんや。
あん時読んでたのは確か『純愛小説 ~お姫様抱っこのしあわせ~』やったな。
あたしは読了した『お姫様抱っこのしあわせ』を閉じると、こう思ったんや。
――どうして美しい恋愛は物語の中にしかないの?
いや、そん頃のあたし、男性と付き合ったことすらなかったんやけどな。
そんで溜め息ついて、また思ったんや。
――永遠の愛なんて存在しない。愛はいつか壊れてなくなるもの……
なんかどっかでそういうフレーズ聞きかじったんやな、これ。歌かなんかやろな。
――ハッピーエンドだった……。二人は結ばれて、小説は終わった……。おめでとう。
――でも……書かれていない、この恋の続きは?
――どうなったの?
まぁ、普通、そんなとこまで書かへんわな。平凡な毎日に突入して、刺激なくなって、旦那が「小遣い一万じゃ足らへん、増やしてくれ」言うとこまで書いとったらロマンチックもクソもあらへん。
っていうか、心の中では標準語になるのあたしの悪いクセやったな。
関西人のくせに心の中では東京人気取っとったんやな。
口では「東京人の喋り方、めっさきんもいなー」とか友達に合わせとったくせにな。
あっ。ていうか、あたし。そん時まだ大学入りたてで友達1人もおらへんかったんや。
高校ん時は何人かおったけど、みんな県外の大学に進学してもうてバラバラや。
でも正直な、それが都合がいい思てん。
高校生活、ひたすら地味やったもん。
大学生活は派手に、パーッと! 華のある女になったるー! って思っててん。
まぁ、リセットやな。
県内で、家から徒歩30分の大学でな。
あたしの美しい未来を祝福するように青い鳥が2羽、目の前を飛んでたわ。よう見たらスズメやったけどな。
本を畳んで周りを見渡したら、中庭には男女2人でひっついて歩いとる学生がぎょうさんおった。春は恋の季節やもんな。
芝生に並んで座り、ペッティングとかしとるバカもおった。春は気のおかしくなる季節やもんな。
ーーいいもん。私にはアキラがいるもん。
そう思ってあたしはふふっと笑った。
アキラってもちろん『お姫様抱っこのしあわせ』に出て来る王子様の名前やで。
『さて……。ぼちぼち移動しなきゃ』
そう思いながらあたしが立ち上がった時やった。
「おおっ!」
と突然、横から男の声がするねん。
振り向いて見ると、そこにはへんな男がおった。
「ワオワオワオ~!」
細い足をガニ股に曲げ、ワキワキと両腕を動かしながら、何やら嬉しそうにワオワオ言っとった。
なんとなくネプ○ューンのホリ○ンに似てるな、と思っただけで、あたしは無視して行こうとした。
「ねえねえ! 待ってよん!」
男が追いかけて来るのであたしは振り返り、言った。
「何やのん!? アンタの喋り方、めっさキモっ!」
「うわぁ。見事な播州弁だねぇ」
「あったり前やろ。ここ、兵庫県やからな。アンタ何? 関東から来たん?」
「神戸さ」
「嘘つきなや! そないな喋り方する神戸人おれへんわ!」
「本当さ。誰も友達がいないので、深夜ラジオばかり聞いていたら、こんな喋り方になってしまったぁ」
「ありえへんわ!」
そう言いながらあたしは思わず笑ってしまった。
「ところで何か用なん?」
「ああ……。ああ……」
男は感動するようにあたしの身体を眺め回した。
隅から隅まで舐め回すように見て来よんねんけど、なぜか嫌らしさは感じんかった。
ヤツは言った。
「見事なベーシスト体型だ! 君はベースを弾くために産まれて来たんだね!」
「知らんけど」
そう言われてあたしは自分のプロポーションを改めて見た。
「確かに高校ん時、文化祭でベーシストやったで?」
「似合うよぉ、似合うよぉぉ」
男はうっとりしながら褒めて来た。
「その高身長に長い手足、広い肩幅。カッコいいい! そしてその、カバのような顔……」
「カバ言うなや!」
あたしは失礼な男に平手打ちを食らわせた。
男はキリモミ回転しながら飛んで行き、叢に突っ込んだ。
さすがに警察呼ばれるか思って、あたしは慌ててそいつを介抱しようと駆け寄った。そしたらな、そいつテレポートしよってん。
いつの間にかあたしの背後に偉そうに立って、ふっふっふとか笑ってんねん。
さすがに背筋にサブイボ立って、振り返るなりツッコんだったわ。
「はしかいな、アンタ! 忍者かいな!」
「そう。ボクは播州弁で言う、はしかいヤツ。標準語で言えばすばしっこいヤツさ」
するとさっきの叢の中からむっくりとホ○ケンが立ち上がった。あたし、間違えてホンマモンのホリケンぶっ飛ばしとったんやな。
ホリケ○はおおらかな広い心であたしのこと許してくれて、場を取り繕うようにへんな踊りを披露してくれると、走り去って行った。なんでそこに○リケンがおったのかは知らんけどな。
あたしはホ○ケンにしつこいぐらい「ごめんなさい」を言うた。ホリ○ン、ほんまええ人やったわ。こう書かんと誹謗中傷になってまうから言うんやないで?
振り返るとニセの○リケンみたいなヤツも踊っとった。そしてあたしに言った。
「見ての通り、ボクはホ○ケンじゃないよ? 桃田民夫って名前さ。言ってごらん?」
「ももたた……」
「ももたたみおだよん」
「もももたたみ」
「たたみじゃない。たたみじゃないんだ」
「ももたたたみお」
「惜しい! たが1つ多いね!」
あたしはハッとした。なんであたし、こんなことに付き合ってんねやろ? なんでこんなヤツの名前を必死で覚えようとしてんねやろ? そう思ったけど、その理由は後になってわかった。
運命やったんや。
せやけどそん時はわからんやった。あたしもカバやった。違う、バカやった。ただの頭のおかしい気持ち悪いヤツとしか思ってなかった。
見た目だけで人を判断しとんったんや。
あの人はあたしに変態を見る目で見られても笑っとった。むしろなんか嬉しそうやった。
「君の名前を教えてくれないかい?」
彼はそう言った。
「あと出来れば住所と電話番号もね」
そう言われて素直に教えたのは、若かったせいもある。
でも、今から思えばあり得んことや。
運命や。
運命やったんや。
「樺原美由紀。入学したばっかのピカピカの1年生やで」
絶対コイツ、軽いノリで「カバ? 顔の通りじゃないかぁ!」とか無礼なこと言って来よるな思て覚悟した。
でも彼は言ったんや。
「ミユッキーかぁ。君にぴったりな、野に咲くママの味みたいな名前だね」
「ミルキーは野っ原に咲かへんわ!」
あたしは頬を赤くしてそうツッコんだ。
彼は続けてこう言った。
「そしてカバ原だって? 顔の通りじゃないかぁ。アハッ、アハハハッ!」
バシッ!!!
その日からやった。
2人のどつき漫才の日々が始まったのは。